第十帖 賢木(さかき)源氏物語
光源氏23歳秋9月から25歳夏の話。 源氏との結婚を諦めた六条御息所は、 娘の斎宮と共に伊勢へ下ることを決意する。 紫の上と結婚した源氏も、 さすがに御息所を哀れに思って秋深まる野の宮を訪れ、 別れを惜しむのだった。 斎宮下向から程なく、桐壺帝が重態…
「逢ふことの 難《かた》きを今日に 限らずば なほ幾世をか歎《なげ》きつつ経ん どうなってもこうなっても 私はあなたにつきまとっているのですよ」 宮は吐息《といき》をおつきになって、 長き世の 恨みを人に 残しても かつは 心をあだとしらなん とお言…
中宮は院の御一周忌をお営みになったのに続いて またあとに法華経《ほけきょう》の八講を催されるはずで いろいろと準備をしておいでになった。 十一月の初めの御命日に雪がひどく降った。 源氏から中宮へ歌が送られた。 別れにし 今日《けふ》は来れども 見…
嵐を纏う written by のる 聞いておいでになった太后の 源氏をお憎みになることは 大臣の比ではなかったから、 非常なお腹だちがお顔の色に現われてきた。 「陛下は陛下であっても 昔から皆に軽蔑されていらっしゃる。 致仕の大臣も大事がっていた娘を、 兄…
蒼白な月影 written by まんぼう二等兵 大臣は思っていることを 残らず外へ出してしまわねば 我慢のできないような性質である上に 老いの僻《ひが》みも添って、 ある点は斟酌《しんしゃく》して 言わないほうがよいなどという遠慮もなしに雄弁に、 源氏と尚…
夢かうつつか 寝てかさめてか written by 秦暁 尚侍が失心したようになっているのであるから、 大臣ほどの貴人であれば、 娘が恥に堪えぬ気がするであろうという 上品な遠慮がなければならないのであるが、 そんな思いやりもなく、 気短な、落ち着きのない大…
Apprentice witch written by ハシマミ 「なぜあなたはこんな顔色をしているのだろう。 しつこい物怪《もののけ》だからね。 修法《しゅほう》をもう少しさせておけばよかった」 こう言っている時に、 淡《うす》お納戸《なんど》色の男の帯が 尚侍の着物に…
朧朧たる夢の終わりと朝月夜的なBGM written by 鷹尾まさき(タカオマサキ) その時分に尚侍《ないしのかみ》が御所から自邸へ退出した。 前から瘧病《わらわやみ》にかかっていたので、 禁厭《まじない》などの宮中でできない療法も 実家で試みようとしてで…
二胡のための小品〜オリエンタリズム written by 小林 樹 それもがと 今朝《けさ》開けたる初花に 劣らぬ君が にほひをぞ見る と乾杯の辞を述べた。 源氏は微笑をしながら杯を取った。 「時ならで 今朝咲く花は 夏の雨に 萎《しを》れにけらし 匂《にほ》ふ…
降りしきる、白(Tha long spell of falling down,white) written by 蒲鉾さちこ 夏の雨がいつやむともなく降って だれもつれづれを感じるころである、 三位中将はいろいろな詩集を持って 二条の院へ遊びに来た。 源氏も自家の図書室の中の、 平生使わない棚…
ありがとうの気持ち(Thankful mind)written by 蒲鉾さちこ 太政大臣の四女の所へ途絶えがちに通いは通っているが、 誠意のない婿であるということに反感を持たれていて、 思い知れというように 今度の除目にはこの人も現官のままで置かれた。 この人はそん…
時の残影 written by のる 源氏もこの宮のお心持ちを知っていて、 ごもっともであると感じていた。 一方では家司《けいし》として 源氏に属している官吏も 除目《じもく》の結果を見れば不幸であった。 不面目な気がして源氏は家にばかり引きこもっていた…
真実 written by チョコミント 春期の官吏の除目《じもく》の際にも、 この宮付きになっている人たちは 当然得ねばならぬ官も得られず、 宮に付与されてある権利で 推薦あそばされた人々の位階の陞叙《しょうじょ》も そのままに捨て置かれて、 不幸を悲し…
湖底のUndine written by Ryo Lion 「ますますごりっぱにお見えになる。 あらゆる幸福を 御自分のものにしていらっしゃったころは、 ただ天下の第一の人であるだけで、 それだけではまだ人生がおわかりにならなかったわけで、 ごりっぱでもおきれいでも、 …
雨音落ちる日(A day,hear the sound of rain) written by 蒲鉾さちこ 解けてきた池の薄氷にも、 芽をだしそめた柳にも自然の春だけが見えて、 いろいろに源氏の心をいたましくした。 「音に聞く 松が浦島《うらしま》 今日ぞ見る うべ心ある海人《あま》は…
優しい日だまりと、静寂(The calm and quiet sunny place) written by 蒲鉾さちこ 源氏が伺候した。 正月であっても来訪者は稀《まれ》で、 お付き役人の幾人だけが寂しい恰好《かっこう》をして、 力のないふうに事務を取っていた。 白馬《あおうま》の節…
悲哀 written by チョコミント 源氏が三条の宮邸を御訪問することも気楽にできるようになり、 宮のほうでも御自身でお話をあそばすこともあるようになった。 少年の日から思い続けた源氏の恋は 御出家によって解消されはしなかったが、 これ以上に御接近す…
桜の樹の下には written by ハシマミ 二条の院へ帰っても西の対へは行かずに、 自身の居間のほうに 一人臥《ぶ》しをしたが眠りうるわけもない。 ますます人生が悲しく思われて 自身も僧になろうという心の起こってくるのを、 そうしては東宮がおかわいそう…
湖底のUndine written by Ryo Lion 東宮のお使いも来た。 お別れの前に東宮のお言いになった言葉などが 宮のお心にまた新しくよみがえってくることによって、 冷静であろうとあそばすお気持ちも乱れて、 お返事の御挨拶を完全にお与えにならないので、 源氏…
❄️ 冬待人 written by のる❄️ 明るい月が空にあって、 雪の光と照り合っている庭をながめても、 院の御在世中のことが目に浮かんできて 堪えがたい気のするのを源氏はおさえて、 「何が御動機になりまして、 こんなに突然な御出家をあそばしたのですか」 と…
止まない雨を見ていた written by キュス 中宮は堅い御決心を兄宮へお告げになって、 叡山《えいざん》の座主《ざす》をお招きになって、 授戒のことを仰せられた。 伯父《おじ》君にあたる横川《よかわ》の僧都《そうず》が 帳中に参って お髪《ぐし》をお…
桜の樹の下には written by ハシマミ 今日の講師にはことに尊い僧が選ばれていて 「法華経はいかにして得し薪《たきぎ》こり 菜摘み水|汲《く》み仕へてぞ得し」 という歌の唱えられるころからは 特に感動させられることが多かった。 仏前に親王方も さまざ…
Petals of lotus written by こおろぎ 十二月の十幾日に中宮の御八講があった。 非常に崇厳《すうごん》な仏事であった。 五日の間どの日にも仏前へ新たにささげられる経は、 宝玉の軸に羅《うすもの》の絹の表紙の物ばかりで、 外包みの装飾などもきわめて…
巡る思い出 written by 蒲鉾さちこ どんなに苦しい心を申し上げてもお返事がないので、 そのかいのないのに私の心はすっかりめいり込んでいたのです。 あひ見ずて 忍ぶる頃の 涙をも なべての秋の しぐれとや見る 心が通うものでしたなら、 通っても来るも…
月読命 written by ハシマミ 中宮は悲しいお別れの時に、 将来のことをいろいろ東宮へ教えて行こうとあそばすのであるが、 深くもお心にはいっていないらしいのを哀れにお思いになった。 平生は早くお寝《やす》みになるのであるが、 宮のお帰りあそばすまで…
夕暮れ written by キュス 源氏は東宮の御勉学などのことについて奏上をしたのちに 退出して行く時 皇太后の兄である藤大納言の息子の 頭《とう》の弁《べん》という、 得意の絶頂にいる若い男は、 妹の女御のいる麗景殿《れいげいでん》に行く途中で源氏を…
追憶 music by しゃろう 二十日《はつか》の月がようやく照り出して、 夜の趣がおもしろくなってきたころ、 帝は、 「音楽が聞いてみたいような晩だ」 と仰せられた。 「私は今晩中宮が退出されるそうですから 御訪問に行ってまいります。 院の御遺言を承っ…
巡る思い出 written by 蒲鉾さちこ 帝はちょうどお閑暇《ひま》で、 源氏を相手に昔の話、 今の話をいろいろとあそばされた。 帝の御容貌は院によく似ておいでになって、 それへ艶《えん》な分子がいくぶん加わった、 なつかしみと柔らかさに満ちた方でまし…
桜の樹の下には written by ハシマミ 実際珍しいほどにきれいな紅葉であったから、 中宮も喜んで見ておいでになったが、 その枝に小さく結んだ手紙が一つついていた。 女房たちがそれを見つけ出した時、 宮はお顔の色も変わって、 まだあの心を捨てていない…
唐紅、枯葉散りて(Crimson red,dry leaves are fallen) music by 蒲鉾さちこ 夫人は幾日かのうちに一段ときれいになったように思われた。 高雅に落ち着いている中に、 源氏の愛を不安がる様子の見えるのが可憐であった。 幾人かの人を思う幾つかの煩悶《は…