2023-08-01から1ヶ月間の記事一覧
古くからいた女房たちなどは、 「ほんとうに運の悪い方ですよ。 思いがけなく神か仏の出現なすったような親切をお見せになる方ができて、 人というものはどこに幸運があるかわからないなどと、 私たちはありがたく思ったのですがね、 人生というものは移り変…
常陸《ひたち》の宮の末摘花《すえつむはな》は、 父君がおかくれになってから、 だれも保護する人のない心細い境遇であったのを、 思いがけず生じた源氏との関係から、 それ以来物質的に補助されることになって、 源氏の富からいえば物の数でもない情けを …
源氏が須磨《すま》、明石《あかし》に 漂泊《さすら》っていたころは、 京のほうにも悲しく思い暮らす人の多数にあった中でも、 しかとした立場を持っている人は、苦しい一面はあっても、 たとえば二条の夫人などは、 源氏が旅での生活の様子もかなりくわし…
光源氏が須磨へ蟄居してから帰京後までの話。 源氏が都を追われ、後見を失った末摘花の生活は困窮を極めていた。 邸は荒れ果てて召使たちも去り、 受領の北の方となっている叔母が姫を娘の女房に迎えようとするが、 末摘花は応じない。 やがて源氏が帰京した…
伊予介《いよのすけ》が十月の初めに四国へ立つことになった。 細君をつれて行くことになっていたから、 普通の場合よりも多くの餞別《せんべつ》品が源氏から贈られた。 またそのほかにも秘密な贈り物があった。 ついでに空蝉《うつせみ》の脱殻《ぬけがら…
源氏は夕顔の四十九日の法要を そっと叡山《えいざん》の法華堂《ほっけどう》で 行なわせることにした。 それはかなり大層なもので、 上流の家の法会《ほうえ》としてあるべきものは 皆用意させたのである。 寺へ納める故人の服も新調したし寄進のものも大…
今も伊予介の家の小君は 時々源氏の所へ行ったが、 以前のように源氏から手紙を託されて来るようなことがなかった。 自分の冷淡さに懲りておしまいになったのかと思って、 空蝉《うつせみ》は心苦しかったが、 源氏の病気をしていることを聞いた時にはさすが…
小さい子を一人 行方不明にしたと言って 中将が憂鬱《ゆううつ》になっていたが、 そんな小さい人があったのか」 と問うてみた。 「さようでございます。一昨年の春お生まれになりました。 お嬢様で、とてもおかわいらしい方でございます」 「で、その子はど…
左大臣も徹底的に世話をした。 大臣自身が二条の院を見舞わない日もないのである。 そしていろいろな医療や祈祷《きとう》をしたせいでか、 二十日ほど重態だったあとに余病も起こらないで、 源氏の病気は次第に回復していくように見えた。 行触《ゆきぶ》れ…
「もう明け方に近いころだと思われます。 早くお帰りにならなければいけません」 惟光《これみつ》がこう促すので、源氏は顧みばかりがされて、 胸も悲しみにふさがらせたまま帰途についた。 露の多い路《みち》に厚い朝霧が立っていて、 このままこの世でな…
中納言(源氏の親友、葵上の兄)の姫君は、 弘徽殿《こきでん》の女御《にょご》と呼ばれていた。 太政大臣の猶子《ゆうし》になっていて、 その一族がすばらしい背景を作っているはなやかな後宮人であった。 陛下もよいお遊び相手のように思召された。 「兵…
のちにはまた何事も素知らぬ顔で二条の院へ斎宮を迎えて、 入内は自邸からおさせしようという気にも源氏はなった。 夫人にその考えを言って、 「あなたのいい友だちになると思う。 仲よくして暮らすのに似合わしい二人だと思う」 と語ったので、 女王《にょ…
「非常によいことを考えてくださいました。 院もそんなに御熱心でいらっしゃることは、 お気の毒なようで、 済まないことかもしれませんが、 お母様の御遺言であったからということにして、 何もお知りにならない顔で御所へお上げになればよろしいでしょう。…
「お母様の御息所はきわめて聡明な人だったのですが、 私の若気のあやまちから浮き名を流させることになりました上、 私は一生恨めしい者と思われることになったのですが、 私は心苦しく思っているのでございます。 私は許されることなしにその人を死なせて…
源氏はこの話を聞いて、 院が望んでおいでになる方を横取りのようにして 宮中へお入れすることは済まないと思ったが、 宮の御様子がいかにも美しく可憐《かれん》で、 これを全然ほかの所へ渡してしまうことが残念な気になって、 入道の宮へ申し上げた。 こ…
院は宮が斎宮としてお下りになる日の 荘厳だった大極殿《だいごくでん》の儀式に、 この世の人とも思われぬ美貌を御覧になった時から、 恋しく思召されたのであって、 帰京後に、 「院の御所へ来て、私の妹の宮などと同じようにして暮らしては」 と宮のこと…
女房たちを仲介にして求婚をする男は各階級に多かったが、 源氏は乳母《めのと》たちに、 「自分勝手なことをして問題を起こすようなことを宮様にしてはならない」 と親らしい注意を与えていたので、 源氏を不快がらせるようなことは慎まねばならぬと おのお…
苦境の友を見舞う中将貴公子は意外と漢 〜罰を受けても悔やまぬと決心して 左大臣家の中将が源氏のもとに来た。 長く相見る時を得なかった二人は、 たまたま得た会合の最初にまず泣いた。 第12帖 須磨 源氏が日を暮らし侘《わ》びているころ、 須磨の謫居《…
同じく母といっても、宮と御息所は親一人子一人で、 片時離れることもない十幾年の御生活であった。 斎宮が母君とごいっしょに行かれることは あまり例のないことであったが、 しいてごいっしょにお誘いになったほどの母君が、 死の道だけはただ一人でおいで…
六条邸は日がたつにしたがって寂しくなり、 心細さがふえてくる上に、 御息所《みやすどころ》の女房なども 次第に下がって行く者が多くなって、 京もずっと下《しも》の六条で、 東に寄った京極通りに近いのであるから、 郊外ほどの寂しさがあって、 山寺の…
自分の心に潜在している望みが実現されることがあっても、 他の恋人たちの中に 混じって劣る人ではないらしいこの人の顔を見たいものであると、 こんなことも思っている源氏であったから、 養父として打ちとけない人が聡明《そうめい》であったのであろう。 …
「失礼ですが、お母様の代わりと思ってくだすって、 御遠慮のないおつきあいをくだすったら、 私の真心がわかっていただけたという気がするでしょう」 などと言うのであるが、 宮は非常に内気で羞恥《しゅうち》心がお強くて、 異性にほのかな声でも聞かせる…
もう今は忌垣《いがき》の中の人でもなく、 保護者からも解放された一人の女性と見てよいのであるから、 恋人として思う心をささやいてよい時になったのであると、 こんなふうに思われるのと同時に、それはすべきでない、 おかわいそうであると思った。 御息…
宮は返事を書きにくく思召したのであるが、 「われわれから御挨拶をいたしますのは失礼でございますから」 と女房たちがお責めするので、 灰色の紙の薫香《くんこう》のにおいを染ませた艶《えん》なのへ、 目だたぬような書き方にして、 消えがてに ふるぞ…
雪が霙《みぞれ》となり、 また白く雪になるような荒日和《あれびより》に、 宮がどんなに寂しく思っておいでになるであろうと 想像をしながら源氏は使いを出した。 こういう天気の日にどういうお気持ちでいられますか。 降り乱れ ひまなき空に 亡き人の 天…
源氏は寂しい心を抱いて、 昔を思いながら居間の御簾《みす》を下《お》ろしこめて 精進の日を送り仏勤めをしていた。 前斎宮へは始終見舞いの手紙を送っていた。 宮のお悲しみが少し静まってきたころからは 御自身で返事もお書きになるようになった。 それ…
前の斎宮司の役人などで 親しく出入りしていた者などがわずかに来て 葬式の用意に奔走するにすぎない六条邸であった。 侍臣を送ったあとで源氏自身も葬家へ来た。 斎宮に弔詞を取り次がせると、 「ただ今は何事も悲しみのためにわかりませんので」 と女別当…
「大事な御遺言を私にしてくださいましたことをうれしく存じます。 院の皇女がたはたくさんいらっしゃるのですが、 私と親しくしてくださいます方はあまりないのですから、 斎宮を 院が御自身の皇女の列に思召されましたとおりに私も思いまして、 兄弟として…
「私が伺ったので 少しでも御気分がよくなればよかったのですが、 お気の毒ですね。どんなふうに苦しいのですか」 と言いながら、 源氏が牀《とこ》をのぞこうとするので、 御息所は女房に別れの言葉を伝えさせた。 「長くおいでくださいましては 物怪《もの…