2023-10-01から1ヶ月間の記事一覧
次は伊勢《いせ》物語と正三位《しょうさんみ》が合わされた。 この論争も一通りでは済まない。 今度も右は見た目がおもしろくて刺戟的で宮中の模様も描かれてあるし、 現代に縁の多い場所や人が写されてある点でよさそうには見えた。 平典侍が言った。 「伊…
「俊蔭は暴風と波に 弄《もてあそ》ばれて異境を漂泊しても 芸術を求める心が強くて、 しまいには外国にも日本にもない音楽者になったという筋が 竹取物語よりずっとすぐれております。 それに絵も日本と外国との対照が おもしろく扱われている点ですぐれて…
思い思いのことを主張する弁論を 女院は興味深く思召《おぼしめ》して、 まず日本最初の小説である竹取の翁《おきな》と 空穂《うつぼ》の俊蔭《としかげ》の巻を左右にして 論評をお聞きになった。 「竹取の老人と同じように古くなった小説ではあっても、 …
小説を絵にした物は、 見る人がすでに心に作っている幻想を それに加えてみることによって絵の効果が 倍加されるものであるから その種類の物が多い。 梅壺《うめつぼ》の王女御《おうにょご》のほうのは 古典的な価値の定まった物を絵にしたのが多く、 弘徽…
源氏が絵を集めていると聞いて、 権中納言はいっそう自家で傑作をこしらえることに努力した。 巻物の軸、紐《ひも》の装幀《そうてい》にも 意匠を凝らしているのである。 それは三月の十日ごろのことであったから、 最もうららかな好季節で、 人の心ものび…
夫人は今まで源氏の見せなかったことを恨んで言った。 「一人居《ゐ》て 眺めしよりは 海人《あま》の住む かたを書きてぞ 見るべかりける あなたにはこんな慰めがおありになったのですわね」 源氏は夫人の心持ちを哀れに思って言った。 「うきめ見し そのを…
その時分に高麗人《こまうど》が来朝した中に、上手《じょうず》な人相見の者が混じっていた。帝はそれをお聞きになったが、宮中へお呼びになることは亭子院のお誡《いまし》めがあっておできにならず、だれにも秘密にして皇子のお世話役のようになっている…
「隠そう隠そうとしてあまり御前へ出さずに 陛下をお悩ましするなどということはけしからんことだ」 と源氏は言って、 帝へは 「私の所にも古い絵はたくさんございますから 差し上げることにいたしましょう」 と奏して、 源氏は二条の院の古画新画のはいった…
「小説を題にして描いた絵が最もおもしろい」 と言って、 権中納言は選んだよい小説の内容を絵にさせているのである。 一年十二季の絵も平凡でない文学的価値のある詞《ことば》書きをつけて 帝のお目にかけた。 おもしろい物であるがそれは非常に大事な物ら…
こんなふうに隙間《すきま》もないふうに 二人の女御が侍しているのであったから、 兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は女王の後宮入りを 実現させにくくて煩悶《はんもん》をしておいでになったが、 帝が青年におなりになったなら、 外戚の自分の娘を疎外あそば…
院は櫛《くし》の箱の返歌を御覧になってから いっそう恋しく思召された。 ちょうどそのころに源氏は院へ伺候した。 親しくお話を申し上げているうちに、 斎宮が下向されたことから、 院の御代《みよ》の斎宮の出発の儀式にお話が行った。 院も回想していろ…
このごろは女院も御所に来ておいでになった。 帝は新しい女御の参ることをお聞きになって、 少年らしく興奮しておいでになった。 御年齢よりはずっと大人びた方なのである。 女院も、 「りっぱな方が女御に上がって来られるのですから、 お気をおつけになっ…
「私は病気によっていったん職をお返しした人間なのですから、 今日はまして年も老いてしまったし、 そうした重任に当たることなどはだめです」 と大臣は言って引き受けない。 「支那《しな》でも政界の混沌《こんとん》としている時代は 退いて隠者になって…
養父として一切を源氏が世話していることにしては 院へ済まないという遠慮から、 単に好意のある態度を取っているというふうを示していた。 もとからよい女房の多い宮であったから、 実家に引いていがちだった人たちも皆出て来て、 すでにはなやかな女御の形…
お使いの幾人かはそれぞれ差のあるいただき物をして帰った。 源氏は斎宮の御返歌を知りたかったのであるが、 それも見たいとは言えなかった。 院は美男でいらせられるし、 女王もそれにふさわしい配偶のように思われる、 少年でいらせられる帝の女御《にょご…
「この御返歌はどうなさるだろう、 またお手紙もあったでしょうが お答えにならないではいけないでしょう」 などと源氏は言ってもいたが、 女房たちはお手紙だけは源氏に見せることをしなかった。 宮は気分がおすぐれにならないで、 御返歌をしようとされな…
閑暇《かんか》な地位へお退《の》きになった現今の院は、 何事もなしうる主権に離れた寂しさというようなものを お感じにならないであろうか、 自分であれば 世の中が恨めしくなるに違いないなどと思うと心が苦しくて、 何故女王を宮中へ入れるようなよけい…
風流がりな男であると思いながら源氏は 直衣《のうし》をきれいに着かえて、 夜がふけてから出かけた。 よい車も用意されてあったが、 目だたせぬために馬で行くのである。 惟光などばかりの一人二人の供をつれただけである。 山手の家はやや遠く離れていた…
源氏はただ櫛の箱だけを丁寧に拝見した。 繊細な技巧でできた結構な品である。 挿《さ》し櫛のはいった小箱につけられた飾りの造花に 御歌が書かれてあった。 別れ路《ぢ》に 添へし小櫛をかごとにて はるけき中と 神やいさめし この御歌に源氏は心の痛くな…
前斎宮《ぜんさいぐう》の入内《じゅだい》を 女院は熱心に促しておいでになった。 こまごまとした入用の品々もあろうが すべてを引き受けてする人物がついていないことは気の毒であると、 源氏は思いながらも院への御遠慮があって、 今度は二条の院へお移し…
内大臣光源氏の後見のもと、 斎宮は入内して梅壺に入り女御となった。 若い冷泉帝は始め年上の斎宮女御になじめなかったが、 絵画という共通の趣味をきっかけに寵愛を増す。 先に娘を弘徽殿女御として入内させていた権中納言(頭中将)はこれを知り、 負けじ…
息子たちが、当分は、 「あんなに父が頼んでいったのだから」 と表面だけでも言っていてくれたが、 空蝉の堪えられないような意地の悪さが追い追いに見えて来た。 世間ありきたりの法則どおりに 継母はこうして苦しめられるのであると思って、 空蝉はすべて…
恨めしかった点でも、 恋しかった点でも源氏には忘れがたい人であったから、 なお おりおりは 空蝉の心を動かそうとする手紙を書いた。 そのうち常陸介《ひたちのすけ》は 老齢のせいか病気ばかりするようになって、 前途を心細がり、 悲観してしまい、 息子…
「あれから長い時間がたっていて、 きまりの悪い気もするが、 忘れない私の心ではいつも現在の恋人のつもりでいるよ。 でもこんなことをしてはいっそう嫌われるのではないかね」 こう言って源氏は渡した。 佐はもったいない気がしながら受け取って姉の所へ持…
佐《すけ》を呼び出して、 源氏は姉君へ手紙をことづてたいと言った。 他の人ならもう忘れていそうな恋を、 なおも思い捨てない源氏に右衛門佐は驚いていた。 あの日私は、 あなたとの縁は よくよく前生で堅く結ばれて来たものであろうと感じましたが、 あな…
源氏が石山寺を出る日に右衛門佐が迎えに来た。 源氏に従って寺へ来ずに、 姉夫婦といっしょに京へはいってしまったことを 佐《すけ》は謝した。 少年の時から非常に源氏に愛されていて、 源氏の推薦で官につくこともできた恩もあるのであるが、 源氏の免職…
九月の三十日であったから、 山の紅葉は濃く淡《うす》く紅を重ねた間に、 霜枯れの草の黄が混じって見渡される逢坂山の関の口から、 また さっと一度に出て来た 襖姿《あおすがた》の侍たちの旅装の厚織物や くくり染めなどは一種の美をなしていた。 源氏の…
京から以前 紀伊守《きいのかみ》であった息子 その他の人が迎えに来ていて 源氏の石山詣《もう》でを告げた。 途中が混雑するであろうから、 こちらは早く逢坂山を越えておこうとして、 常陸介は夜明けに近江《おうみ》の宿を立って 道を急いだのであるが、…
光源氏が須磨へ蟄居してから帰京後までの話。 源氏が都を追われ、後見を失った末摘花の生活は困窮を極めていた。 邸は荒れ果てて召使たちも去り、 受領の北の方となっている叔母が姫を娘の女房に迎えようとするが、 末摘花は応じない。 やがて源氏が帰京した…
以前の伊予介《いよのすけ》は 院がお崩《かく》れになった翌年 常陸介《ひたちのすけ》になって任地へ下ったので、 昔の帚木《ははきぎ》もつれて行った。 源氏が須磨《すま》へ引きこもった噂《うわさ》も、 遠い国で聞いて、悲しく思いやらないのではなか…