2023-07-01から1ヶ月間の記事一覧
帳台の東寄りの所で身を横たえている人は 前斎宮でおありになるらしい。 几帳の垂《た》れ絹が乱れた間からじっと目を向けていると、 宮は頬杖《ほおづえ》をついて悲しそうにしておいでになる。 少ししか見えないのであるが美人らしく見えた。 髪のかかりよ…
ほのかな灯影《ほかげ》が 病牀《びょうしょう》の几帳をとおしてさしていたから、 あるいは見えることがあろうかと静かに寄って 几帳の綻《ほころ》びからのぞくと、 明るくはない光の中に昔の恋人の姿があった。 美しくはなやかに思われるほどに切り残した…
意外な忖度《そんたく》までもするものであると思ったが 源氏はまた、 「近年の私がどんなにまじめな人間になっているかをご存じでしょう。 昔の放縦な生活の名残をとどめているようにおっしゃるのが残念です。 自然おわかりになってくることでしょうが」 と…
「あなたのお言葉がなくてもむろん私は父と変わらない心で 斎宮を思っているのですから、 ましてあなたが御病中にもこんなに御心配になって 私へお話しになることは、 どこまでも責任を持ってお受け合いします。 気がかりになどは少しもお思いになることはあ…
この源氏の心が御息所に通じたらしくて、 誠意の認められる昔の恋人に御息所は斎宮のことを頼んだ。 「孤児になるのでございますから、 何かの場合に子の一人と思ってお世話をしてくださいませ。 ほかに頼んで行く人はだれもない心細い身の上なのです。 私の…
源氏は聞いて、恋人として考えるよりも、 首肯される意見を持つよき相談相手と信じていた その人の生命《いのち》が惜しまれて、 驚きながら六条邸を見舞った。 源氏は真心から御息所をいたわり、 御息所を慰める言葉を続けた。 病床の近くに源氏の座があっ…
斎宮がどんなにりっぱな貴女になっておいでになるであろうと、 それを目に見たく思っていた。 御息所は六条の旧邸をよく修繕して あくまでも高雅なふうに暮らしていた。 洗練された趣味は今も豊かで、 よい女房の多い所として風流男の訪問が絶えない。 寂し…
この御代《みよ》になった初めに斎宮もお変わりになって、 六条の御息所《みやすどころ》は伊勢《いせ》から帰って来た。 それ以来源氏はいろいろと昔以上の好意を表しているのであるが、 なお若かった日すらも恨めしい所のあった源氏の心の いわば余炎ほど…
近いうちに京へ迎えたいという手紙を持って来たのである。 頼もしいふうに恋人の一人として認められている自分であるが、 故郷を立って京へ出たのちにまで 源氏の愛は変わらずに続くものであろうかと考えられることによって 女は苦しんでいた。 入道も手もと…
明石の君は源氏の一行が浪速《なにわ》を立った翌日は 吉日でもあったから住吉へ行って御幣《みてぐら》を奉った。 その人だけの願も果たしたのである。 郷里へ帰ってからは以前にも増した物思いをする人になって、 人数《ひとかず》でない身の上を歎《なげ…
遊覧の旅をおもしろがっている人たちの中で 源氏一人は時々暗い心になった。 高官であっても若い好奇心に富んだ人は、 小船を漕がせて集まって来る遊女たちに 興味を持つふうを見せる。 源氏はそれを見てにがにがしい気になっていた。 恋のおもしろさも対象…
数ならで なにはのことも かひなきに 何みをつくし 思ひ初《そ》めけん 田蓑島《たみのじま》での 祓《はら》いの木綿《ゆう》につけて この返事は源氏の所へ来たのである。 ちょうど日暮れになっていた。 夕方の満潮時で、 海べにいる鶴《つる》も鳴き声を…
源氏は懐紙に書くのであった。 みをつくし 恋ふるしるしに ここまでも めぐり逢ひける 縁《えに》は深しな 惟光に渡すと、 明石へついて行っていた男で、 入道家の者と心安くなっていた者を使いにして 明石の君の船へやった。 派手な一行が浪速を通って行く…
こちらの派手な参詣ぶりに畏縮《いしゅく》して 明石の船が浪速のほうへ行ってしまったことも惟光が告げた。 その事実を少しも知らずにいたと 源氏は心で憐《あわれ》んでいた。 初めのことも今日のことも住吉の神が 二人を愛しての導きに違いないと思われて…
こんな時に自分などが貧弱な御幣《みてぐら》を差し上げても 神様も目にとどめにならぬだろうし、 帰ってしまうこともできない、 今日は浪速《なにわ》のほうへ船をまわして、 そこで祓《はら》いでもするほうがよいと思って、 明石の君の乗った船はそっと住…
大臣家で生まれた若君は馬に乗せられていて、 一班ずつを揃《そろ》えの衣裳にした幾班かの 馬添い童《わらわ》がつけられてある。 最高の貴族の子供というものはこうしたものであるというように、 多数の人から大事に扱われて通って行くのを見た時、 明石の…
明石に来ていた人たちが昔の面影とは違ったはなやかな姿で 人々の中に混じっているのが船から見られた。 若い顕官たち、殿上役人が競うように凝った姿をして、 馬や鞍《くら》にまで華奢《かしゃ》を尽くしている一行は、 田舎《いなか》の見物人の目を楽し…
さすがによそながら巡り合うだけの宿命に つながれていることはわかるのであったが、 笑って行った侍さえ幸福に輝いて見える日に、 罪障の深い自分は何も知らずに来て 恥ずかしい思いをするのであろうと思い続けると 悲しくばかりなった。 深い緑の松原の中…
この秋に源氏は住吉詣《すみよしもう》でをした。 須磨《すま》、 明石《あかし》で立てた願《がん》を 神へ果たすためであって、 非常な大がかりな旅になった。 廷臣たちが我も我もと随行を望んだ。 ちょうどこの日であった、 明石の君が毎年の例で参詣する…
源氏は懐紙に書くのであった。 みをつくし 恋ふるしるしに ここまでも めぐり逢ひける 縁《えに》は深しな 惟光に渡すと、明石へついて行っていた男で、 入道家の者と心安くなっていた者を使いにして明石の君の船へやった。 派手な一行が浪速を通って行くの…
皇太后は人生を恨んでおいでになった。 何かの場合に源氏はこの方にも好意のある計らいをして 敬意を表していた。 太后としてはおつらいことであろうとささやく者が多かった。 兵部卿《ひょうぶきょう》親王は 源氏の官位剥奪《はくだつ》時代に冷淡な態度を…
入道の宮をまた新たに御母后《ごぼこう》の位にあそばすことは 無理であったから、 太上天皇に準じて女院《にょいん》にあそばされた。 封国が決まり、 院司の任命があって、 これはまた一段立ちまさったごりっぱなお身の上と見えた。 仏法に関係した善行功…
源氏は今も尚侍《ないしのかみ》を恋しく思っていた。 懲りたことのない人のように、 また危《あぶな》いこともしかねないほど熱心になっているが、 環境のために恋には奔放な力を見せた女もつつましくなっていて、 昔のように源氏の誘惑に反響を見せるよう…
源氏は東の院は本邸でなく、 そんな人たちを集めて住ませようと 建築をさせているのであったから、 もし理想どおりにかしずき娘ができてくることがあったら、 顧問格の女として才女の五節などは 必要な人物であると源氏は思っていた。 東の院はおもしろい設…
「なぜあの時に私は非常に悲しいことだと思ったのでしょう。 私などはあなたに幸福の帰って来た今だっても やはり寂しいのでしたのに」 と恨みともなしに おおように言っているのが可憐《かれん》であった。 例のように源氏は言葉を尽くして女を慰めていた。…
水鶏《くいな》が近くで鳴くのを聞いて、 水鶏だに 驚かさずば いかにして 荒れたる宿に 月を入れまし なつかしい調子で言うともなくこう言う女が 感じよく源氏に思われた。 どの人にも自身を惹《ひ》く力のあるのを知って 源氏は苦しかった。 「おしなべて …
何年かのうちに邸内《やしきうち》はいよいよ荒れて、 すごいような広い住居《すまい》であった。 姉の女御《にょご》の所で話をしてから、 夜がふけたあとで西の妻戸をたたいた。 朧《おぼ》ろな月のさし込む戸口から 艶《えん》な姿で源氏ははいって来た。…
こんなふうに紫の女王《にょおう》の 機嫌を取ることにばかり追われて、 花散里《はなちるさと》を訪ねる夜も 源氏の作られないのは女のためにかわいそうなことである。 このごろは公務も忙しい源氏であった。 外出に従者も多く従えて出ねばならぬ 身分の窮…
「そんなにあなたに悪く思われるようにまで 私はこの女を愛しているのではない。 それはただそれだけの恋ですよ。 そこの風景が目に浮かんできたりする時々に、 私は当時の気持ちになってね、 つい歎息《たんそく》が口から出るのですよ。 なんでも気にする…
乳母は源氏の手紙をいっしょに読んでいて、 人間にはこんなに意外な幸運を持っている人もあるのである、 みじめなのは自分だけであると悲しまれたが、 乳母はどうしているかということも奥に書かれてあって、 源氏が自分に関心を持っていることを知ることが…