2023-04-01から1ヶ月間の記事一覧
貴婦人としての資格を十分に備えながら、 情味に欠けた強い性格から、 自身はそれほどに憎んではいなかったであろうが、 そうした一人の男を巡って 愛の生活をしている人たちの間は また一種の愛で 他を見るものであることを知らない女主人の意志に 習って付…
源氏の情人である人たちは、 恋人のすばらしさを眼前に見て、 今さら自身の価値に反省をしいられた気がした。 だれもそうであった。 式部卿の宮は桟敷《さじき》で見物しておいでになった。 まぶしい気がするほどきれいになっていく人である。 あの美に神が…
行列に参加した人々は 皆 分相応に美しい装いで身を飾っている中でも 高官は高官らしい光を負っていると見えたが、 源氏に比べるとだれも見栄えがなかったようである。 大将の臨時の随身を、 殿上にも勤める近衛の尉《じょう》が するようなことは例の少ない…
源氏は御息所の来ていることなどは 少しも気がつかないのであるから、 振り返ってみるはずもない。 気の毒な御息所である。 前から評判のあったとおりに、 風流を尽くした物見車に たくさんの女の乗り込んでいる中には、 素知らぬ顔は作りながらも 源氏の好…
邸《やしき》を出たのはずっと朝もおそくなってからだった。 この一行はそれほどたいそうにも見せないふうで出た。 車のこみ合う中へ幾つかの左大臣家の車が続いて出て来たので、 どこへ見物の場所を取ろうかと迷うばかりであった。 貴族の女の乗用らしい車…
そのころ前代の加茂《かも》の斎院《さいいん》が おやめになって皇太后腹の院の女三の宮が新しく斎院に定まった。 院も太后もことに愛しておいでになった内親王であるから、 神の奉仕者として常人と違った生活へおはいりになることを 御親心に苦しく思召《…
この噂《うわさ》が世間から伝わってきた時、 式部卿《しきぶきょう》の宮の朝顔の姫君は、 自分だけは源氏の甘いささやきに酔って、 やがては苦い悔いの中に 自己を見いだす愚を学ぶまいと心に思うところがあって、 源氏の手紙に時には短い返事を書くことも…
あの六条の御息所《みやすどころ》の生んだ 前皇太子の忘れ形見の女王が 斎宮《さいぐう》に選定された。 源氏の愛のたよりなさを感じている御息所は、 斎宮の年少なのに托《たく》して自分も伊勢へ下ってしまおうかと その時から思っていた。 この噂《うわ…
「苦しいのにしいられた酒で私は困っています。 もったいないことですが こちらの宮様に はかばっていただく縁故があると思いますから」 妻戸に添った御簾の下から上半身を少し源氏は中へ入れた。 「困ります。あなた様のような尊貴な御身分の方は 親類の縁…
源氏は御所にいた時で、 帝《みかど》にこのことを申し上げた。 「得意なのだね」 帝はお笑いになって、 「使いまでもよこしたのだから行ってやるがいい。 孫の内親王たちのために 将来兄として力になってもらいたいと 願っている大臣の家《うち》だから」 …
有明《ありあけ》の君は 短い夢のようなあの夜を心に思いながら、 悩ましく日を送っていた。 東宮の後宮へこの四月ごろはいることに 親たちが決めているのが 苦悶の原因である。 源氏もまったく何人《なにびと》であるかの 見分けがつかなかったわけではなか…
この二、三日間に宮中であったことを語って聞かせたり、 琴を教えたりなどしていて、 日が暮れると源氏が出かけるのを、 紫の女王は少女心に物足らず思っても、 このごろは習慣づけられていて、 無理に留めようなどとはしない。 左大臣家の源氏の夫人は例に…
源氏は胸のとどろくのを覚えた。 どんな方法によって 何女《なにじょ》であるかを知ればよいか、 父の右大臣にその関係を知られて 婿としてたいそうに待遇されるようなことになって、 それでいいことかどうか。 その人の性格も何もまだよく知らないのである…
太宰帥《だざいのそつ》親王の夫人や 頭中将が愛しない四の君などは美人だと聞いたが、 かえってそれであったらおもしろい恋を 経験することになるのだろうが、 六の君は東宮の後宮へ入れるはずだとか聞いていた、 その人であったら気の毒なことになったとい…
「ぜひ言ってください、だれであるかをね。 どんなふうにして手紙を上げたらいいのか、 これきりとはあなただって思わないでしょう」 などと源氏が言うと、 「うき身世に やがて消えなば 尋ねても 草の原をば 訪はじとや思ふ」 という様子にきわめて艶《えん…
若々しく貴女らしい声で、 「朧月夜《おぼろづきよ》に似るものぞなき」 と 歌いながらこの戸口へ出て来る人があった。 源氏はうれしくて突然|袖《そで》をとらえた。 女はこわいと思うふうで、 「気味が悪い、だれ」 と言ったが、 「何もそんなこわいもの…
時の残影 written by のる きつい調子で、 だれのこともぐんぐん悪くお言いになるのを、 聞いていて大臣は、 ののしられている者のほうがかわいそうになった。 なぜお話ししたろうと後悔した。 「でもこのことは当分秘密にしていただきましょう。 陛下にも申…
中宮はすぐれた源氏の美貌がお目にとまるにつけても、 東宮の母君の女御がどんな心で この人を憎みうるのであろうと 不思議にお思いになり、 そのあとではまたこんなふうに 源氏に関心を持つのもよろしくない心であると思召した。 大かたに 花の姿を見ましか…
春の永日《ながび》がようやく入り日の刻になるころ、 春鶯囀《しゅんおうてん》の舞がおもしろく舞われた。 源氏の紅葉賀の青海波《せいがいは》の巧妙であったことを 忘れがたく思召《おぼしめ》して、 東宮が源氏へ挿《かざし》の花を下賜あそばして、 ぜ…
二月の二十幾日に紫宸殿《ししんでん》の桜の宴があった。 玉座の左右に中宮と皇太子の御見物の室が設けられた。 弘徽殿《こきでん》の女御は 藤壺の宮が中宮になっておいでになることで、 何かのおりごとに不快を感じるのであるが、 催し事の見物は好きで、…
この七月に皇后の冊立《さくりつ》があるはずであった。 源氏は中将から参議に上《のぼ》った。 帝が近く譲位をあそばしたい思召《おぼしめ》しがあって、 藤壺の宮のお生みになった若宮を 東宮にしたくお思いになったが 将来御後援をするのに適当な人がない…
昼近くになって殿上の詰め所へ二人とも行った。 取り澄ました顔をしている源氏を見ると中将もおかしくてならない。 その日は自身も蔵人頭《くろうどのかみ》として 公用の多い日であったから至極まじめな顔を作っていた。 しかしどうかした拍子に目が合うと…
源氏は友人に威嚇《おど》されたことを残念に思いながら 宿直所《とのいどころ》で寝ていた。 驚かされた典侍は 翌朝残っていた指貫《さしぬき》や帯などを持たせてよこした。 「恨みても 云《い》ひがひぞなき 立ち重ね 引きて帰りし 波のなごりに 悲しんで…
自分であることを気づかれないようにして去ろうと 源氏は思ったのであるが、 だらしなくなった姿を直さないで、 冠《かむり》をゆがめたまま逃げる後ろ姿を思ってみると、 恥な気がしてそのまま落ち着きを作ろうとした。 中将はぜひとも自分でなく思わせなけ…
源氏は女と朗らかに戯談《じょうだん》などを 言い合っているうちに、 こうした境地も悪くない気がしてきた。 頭中将は源氏がまじめらしくして、 自分の恋愛問題を批難したり、 注意を与えたりすることのあるのを口惜《くちお》しく思って、 素知らぬふうで…
月夜の空中庭園 written by こおろぎ 「ただ今まで御前におりまして、 こちらへ上がりますことが深更になりました」 と源氏は中宮に挨拶《あいさつ》をした。 明るい月夜になった御所の庭を中宮はながめておいでになって、 院が御位《みくらい》においでにな…
頭中将《とうのちゅうじょう》の耳にそれがはいって、 源氏の隠し事はたいてい正確に察して知っている自分も、 まだそれだけは気がつかなんだと思うとともに、 自身の好奇心も起こってきて、 まんまと好色な源典侍の情人の一人になった。 この貴公子もざらに…
はなやかな絵をかいた紙の扇で 顔を隠すようにしながら見返った典侍の目は、 瞼《まぶた》を張り切らせようと故意に引き伸ばしているが、 黒くなって、深い筋のはいったものであった。 妙に似合わない扇だと思って、 自身のに替えて源典侍《げんてんじ》のを…
御所にまで二条の院の新婦の問題が聞こえていった。 「気の毒じゃないか。左大臣が心配しているそうだ。 小さいおまえを婿にしてくれて、 十二分に尽くした今日までの好意がわからない年でもないのに、 なぜその娘を冷淡に扱うのだ」 と陛下がおっしゃっても…
保曾呂倶世利《ほそろぐせり》というのは変な名の曲であるが、 それをおもしろく笛で源氏が吹くのに、 合わせる琴の弾き手は小さい人であったが音の間が違わずに弾けて、 上手になる手筋と見えるのである。 灯《ひ》を点《とも》させてから絵などをいっしょ…