2023-05-01から1ヶ月間の記事一覧
命婦《みょうぶ》とか弁《べん》とか 秘密にあずかっている女房が驚いていろいろな世話をする。 源氏は宮が恨めしくてならない上に、 この世が真暗《まっくら》になった気になって 呆然として朝になってもそのまま御寝室にとどまっていた。 御病気を聞き伝え…
御所へ参内することも気の進まない源氏であったが、 そのために東宮にお目にかからないことを寂しく思っていた。 東宮のためにはほかの後援者がなく、 ただ源氏だけを中宮も力にしておいでになったが、 今になっても源氏は宮を御当惑させるようなことを時々…
心から かたがた袖《そで》を 濡《ぬ》らすかな 明くと教ふる 声につけても 尚侍のこう言う様子はいかにもはかなそうであった。 歎《なげ》きつつ 我が世はかくて 過ぐせとや 胸のあくべき 時ぞともなく 落ち着いておられなくて源氏は別れて出た。 まだ朝に…
源氏は夢のように尚侍へ近づいた。 昔の弘徽殿の細殿《ほそどの》の小室へ 中納言の君が導いたのである。 御修法のために御所へ出入りする人の多い時に、 こうした会合が、 自分の手で行なわれることを中納言の君は恐ろしく思った。 朝夕に見て見飽かぬ源氏…
加茂の斎院は父帝の喪のために引退されたのであって、 そのかわりに式部卿《しきぶきょう》の宮の朝顔の姫君が 職をお継ぎになることになった。 伊勢へ女王が斎宮になって行かれたことはあっても、 加茂の斎院はたいてい内親王の方がお勤めになるものであっ…
このごろは通っていた恋人たちとも双方の事情から 関係が絶えてしまったのも多かったし、 それ以下の軽い関係の恋人たちの家を訪ねて行くようなことにも、 もうきまりの悪さを感じる源氏であったから、 余裕ができてはじめてのどかな家庭の主人《あるじ》に…
院がおいでになったころは御遠慮があったであろうが、 積年の怨みを源氏に酬《むく》いるのはこれからであると 烈《はげ》しい気質の太后は思っておいでになった。 源氏に対して何かの場合に意を得ないことを政府がする、 それが次第に多くなっていくのを見…
右大臣家の六の君は 二月に尚侍《ないしのかみ》になった。 院の崩御によって 前《さきの》尚侍が尼になったからである。 大臣家が全力をあげて後援していることであったし、 自身に備わった美貌《びぼう》も美質もあって、 後宮の中に抜け出た存在を示して…
中宮の供奉《ぐぶ》を多数の高官がしたことなどは 院の御在世時代と少しも変わっていなかったが、 宮のお心持ちは寂しくて、 お帰りになった御実家が かえって他家であるように思召されることによっても、 近年はお許しがなくて 御実家住まいがほとんどなか…
菊 music by 西本康佑 中宮は三条の宮へお帰りになるのである。 お迎えに兄君の兵部卿の宮がおいでになった。 はげしい風の中に雪も混じって散る日である。 すでに古御所《ふるごしょ》になろうとする 人少なさが感ぜられて静かな時に、 源氏の大将が中宮の…
追憶 music by しゃろう 崩御後の御仏事なども多くの御遺子たちの中で 源氏は目だって誠意のある弔い方をした。 それが道理ではあるが源氏の孝心に同情する人が多かった。 喪服姿の源氏がまた限りもなく清く見えた。 去年今年と続いて不幸にあっていること…
とどまる哀しみ music byミルアージュ 夜がふけてから東宮はお帰りになった。 還啓に供奉《ぐぶ》する公卿の多さは 行幸にも劣らぬものだった。 御秘蔵子の東宮のお帰りになったのちの院の御心は 最もお悲しかった。 皇太后もおいでになるはずであったが、 …
涙雨 music by ミルアージュ 風采《ふうさい》もごりっぱで、 以前よりもいっそうお美しくお見えになる帝に 院は御満足をお感じになり、 頼もしさもお覚えになるのであった。 高貴な御身でいらせられるのであるから、 感情のままに 父帝のもとにとどまって…
涙雨 music by ミルアージュ 西の対へも行かずに終日物思いをして源氏は暮らした。 旅人になった御息所は まして堪えがたい悲しみを 味わっていたことであろう。 院の御病気は十月にはいってから御重体になった。 この君をお惜しみしていないものはない。 …
斎宮は十四でおありになった。 きれいな方である上に 錦繍《きんしゅう》に包まれておいでになったから、 この世界の女人《にょにん》とも見えないほどお美しかった。 斎王の美に御心《みこころ》を打たれながら、 別れの御櫛《みぐし》を髪に挿《さ》してお…
Regret music by gooset 恋をすべきでない人に好奇心の動くのが源氏の習癖で、 顔を見ようとすれば、 よくそれもできた斎宮の幼少時代を そのままで終わったことが残念である。 けれども運命は どうなっていくものか予知されないのが 人生であるから、 ま…
十六日に桂川で斎宮の御禊《みそぎ》の式があった。 常例以上はなやかにそれらの式も行なわれたのである。 長奉送使《ちょうぶそうし》、 その他官庁から参列させる高官も 勢名のある人たちばかりを選んであった。 院が御後援者でいらせられるからである。 …
男はそれほど思っていないことでも 恋の手紙には感情を誇張して書くものであるが、 今の源氏の場合は、 ただの恋人とは決して思っていなかった御息所が、 愛の清算をしてしまったふうに 遠国へ行こうとするのであるから、 残念にも思われ、 気の毒であるとも…
この人を永久につなぐことのできた糸は、 自分の過失で切れてしまったと悔やみながらも、 明るくなっていくのを恐れて源氏は去った。 そして二条の院へ着くまで絶えず涙がこぼれた。 女も冷静でありえなかった。 別れたのちの物思いを抱いて 弱々しく秋の朝…
若い殿上役人が始終二、三人連れで来ては ここの文学的な空気に浸っていくのを喜びにしているという、 この構えの中のながめは源氏の目にも確かに艶なものに見えた。 あるだけの恋の物思いを 双方で味わったこの二人のかわした会話は写しにくい。 ようやく白…
潔斎所の空気に威圧されながらも御簾の中へ上半身だけは入れて 長押《なげし》に源氏はよりかかっているのである。 御息所が完全に源氏のものであって、 しかも情熱の度は源氏よりも高かった時代に、 源氏は慢心していた形でこの人の真価を認めようとはしな…
どうすればよいかと御息所は迷った。 潔斎所《けっさいじょ》についている神官たちに どんな想像をされるかしれないことであるし、 心弱く面会を承諾することによって、 またも源氏の軽蔑を買うのではないかと 躊躇《ちゅうちょ》はされても、 どこまでも冷…
野の宮は簡単な小柴垣《こしばがき》を 大垣にして連ねた質素な構えである。 丸木の鳥居などはさすがに神々《こうごう》しくて、 なんとなく神の奉仕者以外の者を恥ずかしく思わせた。 神官らしい男たちがあちらこちらに何人かずついて、 咳《せき》をしたり…
九月七日であったから、もう斎宮の出発の日は迫っているのである。 女のほうも今はあわただしくてそうしていられないと言って来ていたが、 たびたび手紙が行くので、 最後の会見をすることなどはどうだろうと躊躇しながらも、 物越しで逢うだけにとめておけ…
【源氏物語 第十帖 賢木 さかき】 正妻の葵の上が亡くなった。 六条御息所も晴れて源氏の正妻に迎えられるだろうと世間は噂していた。 しかし 源氏は冷たくなり 縁が程遠くなった御息所。 彼女は 悩みながらも斎宮とともに伊勢に下ることにする。 いよいよ出…
いよいよ御息所に行ってしまわれることは残念で、 手紙だけは愛をこめてたびたび送っていた。 情人として逢うようなことは思いもよらないようにもう今の御息所は思っていた。 自分に逢っても恨めしく思った記憶のまだ消えない源氏は 冷静にも別れうるであろ…
【源氏物語 189 第十帖 賢木 1 】 斎宮《さいぐう》の伊勢へ下向《げこう》される日が 近づけば近づくほど御息所は心細くなるのであった。 左大臣家の源氏の夫人がなくなったあとでは、 世間も今度は源氏と御息所が公然と夫婦になるものと噂していたことであ…
宮様の挨拶を女房が取り次いで来た。 「今日だけはどうしても昔を忘れていなければならないと 辛抱しているのですが、御訪問くださいましたことでかえって その努力がむだになってしまいました」 それから、また、 「昔からこちらで作らせますお召し物も、あ…
こうして今年が暮れ、新しい春になった。 元日には院の御所へ先に伺候してから参内をして、 東宮の御殿へも参賀にまわった。 そして御所からすぐに左大臣家へ源氏は行った。 大臣は元日も家にこもっていて、 家族と故人の話をし出しては寂しがるばかりであっ…
二条の院の姫君が何人《なにびと》であるかを 世間がまだ知らないことは、 実質を疑わせることであるから、 父宮への発表を急がなければならないと源氏は思って、 裳着《もぎ》の式の用意を 自身の従属関係になっている役人たちにも命じてさせていた。 こう…