2023-01-01から1年間の記事一覧
源氏はまた去年の野の宮の別れがこのころであったと思い出して、 自分の恋を妨げるものは、神たちであるとも思った。 むずかしい事情が間にあればあるほど情熱のたかまる癖を みずから知らないのである。 それを望んだのであったら加茂の女王との結婚は 困難…
斎院のいられる加茂はここに近い所であったから 手紙を送った。 女房の中将あてのには、 『物思いがつのって、とうとう家を離れ、 こんな所に宿泊していますことも、 だれのためであるかとはだれもご存じのないことでしょう。』 などと恨みが述べてあった。 …
幾日かを外で暮らすというようなことを これまで経験しなかった源氏は恋妻に手紙を何度も書いて送った。 出家ができるかどうかと試みているのですが、 寺の生活は寂しくて、 心細さがつのるばかりです。 もう少しいて 法師たちから教えてもらうことがあるの…
木立ちは紅葉をし始めて、 そして移ろうていく秋草の花の哀れな野をながめていては家も忘れるばかりであった。 学僧だけを選んで討論をさせて聞いたりした。 場所が場所であるだけ人生の無常さばかりが思われたが、 その中でなお源氏は恨めしい人に 最も心を…
お肩にゆらゆらとするお髪《ぐし》がきれいで、 お目つきの美しいことなど、 御成長あそばすにしたがって ただただ源氏の顔が一つまたここにできたとより思われないのである。 お歯が少し朽ちて黒ばんで見えるお口に笑みをお見せになる美しさは、 女の顔にし…
この方から離れて信仰の生活にはいれるかどうかと 御自身で疑問が起こる。 しかも御所の中の空気は、 時の推移に伴う人心の変化をいちじるしく見せて 人生は無常であるとお教えしないではおかなかった。 太后の復讐心に燃えておいでになることも面倒であった…
漢の初期の戚《せき》夫人が 呂后《りょこう》に苛《さいな》まれたようなことまではなくても、 必ず世間の嘲笑を負わねばならぬ人に自分はなるに違いないと 中宮はお思いになるのである。 これを転機にして 尼の生活にはいるのがいちばんよいことであるとお…
【源氏物語220 第十帖 賢木32】 心細くて人間的な生活を捨てないからますます悲しみが多いのである、 自分などは僧房の人になるべきであると、 こんな決心をしようとする時にいつも思われるのは 若い夫人のことであった。 優しく自分だけを頼みにして生きて…
「逢ふことの 難《かた》きを今日に 限らずば なほ幾世をか歎《なげ》きつつ経ん どうなってもこうなっても私はあなたにつきまとっているのですよ」 宮は吐息《といき》をおつきになって、 長き世の 恨みを人に 残してもかつは 心をあだとしらなん とお言い…
この上で力で勝つことは なすに忍びない 清い気高さの備わった方であったから、 源氏は、 「私はこれだけで満足します。 せめて今夜ほどに接近するのをお許しくだすって、 今後も時々は私の心を聞いてくださいますなら、 私はそれ以上の無礼をしようとは思い…
驚きと恐れに宮は前へひれ伏しておしまいになったのである。 せめて見返ってもいただけないのかと、源氏は飽き足らずも思い、 恨めしくも思って、お裾《すそ》を手に持って引き寄せようとした。 宮は上着を源氏の手にとめて、 御自身は外のほうへお退《の》…
これだけでも召し上がるようにと思って、 女房たちが持って来たお菓子の台がある、 そのほかにも箱の蓋などに感じよく調理された物が積まれてあるが、 宮はそれらにお気がないようなふうで、 物思いの多い様子をして 静かに一所をながめておいでになるのがお…
宮は昼の御座へ出てすわっておいでになった。 御|恢復《かいふく》になったものらしいと言って、 兵部卿の宮もお帰りになり、お居間の人数が少なくなった。 平生からごく親しくお使いになる人は多くなかったので、 そうした人たちだけが、 そこここの几帳《…
命婦《みょうぶ》とか弁《べん》とか 秘密に与《あずか》っている女房が驚いていろいろな世話をする。 源氏は宮が恨めしくてならない上に、 この世が真暗《まっくら》になった気になって 呆然として朝になってもそのまま御寝室にとどまっていた。 御病気を聞…
御所へ参内することも気の進まない源氏であったが、 そのために東宮にお目にかからないことを寂しく思っていた。 東宮のためにはほかの後援者がなく、 ただ源氏だけを中宮も力にしておいでになったが、 今になっても源氏は宮を御当惑させるようなことを時々…
心から かたがた袖《そで》を 濡《ぬ》らすかな 明くと教ふる 声につけても 尚侍のこう言う様子はいかにもはかなそうであった。 歎《なげ》きつつ 我が世はかくて 過ぐせとや 胸のあくべき 時ぞともなく 落ち着いておられなくて源氏は別れて出た。 まだ朝に…
源氏は夢のように尚侍へ近づいた。 昔の弘徽殿の細殿《ほそどの》の小室へ中納言の君が導いたのである。 御修法のために御所へ出入りする人の多い時に、 こうした会合が、 自分の手で行なわれることを中納言の君は恐ろしく思った。 朝夕に見て見飽かぬ源氏と…
加茂の斎院は父帝の喪のために引退されたのであって、 そのかわりに式部卿《しきぶきょう》の宮の朝顔の姫君が 職をお継ぎになることになった。 伊勢へ女王が斎宮になって行かれたことはあっても、 加茂の斎院はたいてい内親王の方がお勤めになるものであっ…
このごろは通っていた恋人たちとも双方の事情から 関係が絶えてしまったのも多かったし、 それ以下の軽い関係の恋人たちの家を訪ねて行くようなことにも、 もうきまりの悪さを感じる源氏であったから、 余裕ができてはじめてのどかな家庭の主人《あるじ》に…
院がおいでになったころは御遠慮があったであろうが、 積年の怨みを源氏に酬《むく》いるのはこれからであると 烈《はげ》しい気質の太后は思っておいでになった。 源氏に対して何かの場合に意を得ないことを政府がする、 それが次第に多くなっていくのを見…
右大臣家の六の君は二月に尚侍《ないしのかみ》になった。 院の崩御によって前《さきの》尚侍が尼になったからである。 大臣家が全力をあげて後援していることであったし、 自身に備わった美貌《びぼう》も美質もあって、 後宮の中に抜け出た存在を示してい…
中宮の供奉《ぐぶ》を多数の高官がしたことなどは 院の御在世時代と少しも変わっていなかったが、 宮のお心持ちは寂しくて、 お帰りになった御実家が かえって他家であるように思召されることによっても、 近年はお許しがなくて 御実家住まいがほとんどなか…
菊 music by 西本康佑 中宮は三条の宮へお帰りになるのである。 お迎えに兄君の兵部卿の宮がおいでになった。 はげしい風の中に雪も混じって散る日である。 すでに古御所《ふるごしょ》になろうとする 人少なさが感ぜられて静かな時に、 源氏の大将が中宮の…
追憶 music by しゃろう 崩御後の御仏事なども多くの御遺子たちの中で 源氏は目だって誠意のある弔い方をした。 それが道理ではあるが源氏の孝心に同情する人が多かった。 喪服姿の源氏がまた限りもなく清く見えた。 去年今年と続いて不幸にあっていること…
とどまる哀しみ music byミルアージュ 夜がふけてから東宮はお帰りになった。 還啓に供奉《ぐぶ》する公卿の多さは行幸にも劣らぬものだった。 御秘蔵子の東宮のお帰りになったのちの院の御心は最もお悲しかった。 皇太后もおいでになるはずであったが、 中…
涙雨 music by ミルアージュ 風采《ふうさい》もごりっぱで、 以前よりもいっそうお美しくお見えになる帝に 院は御満足をお感じになり、 頼もしさもお覚えになるのであった。 高貴な御身でいらせられるのであるから、 感情のままに父帝のもとにとどまって…
涙雨 music by ミルアージュ 西の対へも行かずに終日物思いをして源氏は暮らした。 旅人になった御息所はまして堪えがたい悲しみを 味わっていたことであろう。 院の御病気は十月にはいってから御重体になった。 この君をお惜しみしていないものはない。 …
斎宮は十四でおありになった。 きれいな方である上に 錦繍《きんしゅう》に包まれておいでになったから、 この世界の女人《にょにん》とも見えないほどお美しかった。 斎王の美に御心《みこころ》を打たれながら、 別れの御櫛《みぐし》を髪に挿《さ》してお…
Regret music by gooset 恋をすべきでない人に好奇心の動くのが源氏の習癖で、 顔を見ようとすれば、 よくそれもできた斎宮の幼少時代を そのままで終わったことが残念である。 けれども運命はどうなっていくものか予知されないのが 人生であるから、 また…
十六日に桂川で斎宮の御禊《みそぎ》の式があった。 常例以上はなやかにそれらの式も行なわれたのである。 長奉送使《ちょうぶそうし》、 その他官庁から参列させる高官も 勢名のある人たちばかりを選んであった。 院が御後援者でいらせられるからである。 …