第八帖 花宴(はなのえん)源氏物語
如月に紫宸殿で催された桜花の宴で、 光源氏は頭中将らと共に漢詩を作り舞を披露した。 宴の後、朧月夜に誘われふと入り込んだ弘徽殿で、 源氏は廊下から聞こえる歌に耳を澄ます。 照りもせず 曇りも果てぬ 春の夜の 朧月夜に似るものぞなき 源氏はその歌を…
「苦しいのにしいられた酒で私は困っています。 もったいないことですが こちらの宮様に はかばっていただく縁故があると思いますから」 妻戸に添った御簾の下から上半身を少し源氏は中へ入れた。 「困ります。あなた様のような尊貴な御身分の方は 親類の縁…
源氏は御所にいた時で、 帝《みかど》にこのことを申し上げた。 「得意なのだね」 帝はお笑いになって、 「使いまでもよこしたのだから行ってやるがいい。 孫の内親王たちのために 将来兄として力になってもらいたいと 願っている大臣の家《うち》だから」 …
有明《ありあけ》の君は 短い夢のようなあの夜を心に思いながら、 悩ましく日を送っていた。 東宮の後宮へこの四月ごろはいることに 親たちが決めているのが 苦悶の原因である。 源氏もまったく何人《なにびと》であるかの 見分けがつかなかったわけではなか…
この二、三日間に宮中であったことを語って聞かせたり、 琴を教えたりなどしていて、 日が暮れると源氏が出かけるのを、 紫の女王は少女心に物足らず思っても、 このごろは習慣づけられていて、 無理に留めようなどとはしない。 左大臣家の源氏の夫人は例に…
源氏は胸のとどろくのを覚えた。 どんな方法によって 何女《なにじょ》であるかを知ればよいか、 父の右大臣にその関係を知られて 婿としてたいそうに待遇されるようなことになって、 それでいいことかどうか。 その人の性格も何もまだよく知らないのである…
太宰帥《だざいのそつ》親王の夫人や 頭中将が愛しない四の君などは美人だと聞いたが、 かえってそれであったらおもしろい恋を 経験することになるのだろうが、 六の君は東宮の後宮へ入れるはずだとか聞いていた、 その人であったら気の毒なことになったとい…
「ぜひ言ってください、だれであるかをね。 どんなふうにして手紙を上げたらいいのか、 これきりとはあなただって思わないでしょう」 などと源氏が言うと、 「うき身世に やがて消えなば 尋ねても 草の原をば 訪はじとや思ふ」 という様子にきわめて艶《えん…
若々しく貴女らしい声で、 「朧月夜《おぼろづきよ》に似るものぞなき」 と 歌いながらこの戸口へ出て来る人があった。 源氏はうれしくて突然|袖《そで》をとらえた。 女はこわいと思うふうで、 「気味が悪い、だれ」 と言ったが、 「何もそんなこわいもの…
中宮はすぐれた源氏の美貌がお目にとまるにつけても、 東宮の母君の女御がどんな心で この人を憎みうるのであろうと 不思議にお思いになり、 そのあとではまたこんなふうに 源氏に関心を持つのもよろしくない心であると思召した。 大かたに 花の姿を見ましか…
春の永日《ながび》がようやく入り日の刻になるころ、 春鶯囀《しゅんおうてん》の舞がおもしろく舞われた。 源氏の紅葉賀の青海波《せいがいは》の巧妙であったことを 忘れがたく思召《おぼしめ》して、 東宮が源氏へ挿《かざし》の花を下賜あそばして、 ぜ…
二月の二十幾日に紫宸殿《ししんでん》の桜の宴があった。 玉座の左右に中宮と皇太子の御見物の室が設けられた。 弘徽殿《こきでん》の女御は 藤壺の宮が中宮になっておいでになることで、 何かのおりごとに不快を感じるのであるが、 催し事の見物は好きで、…