第四帖 夕顔(ゆうがお)源氏物語
源氏17歳夏から10月。 従者藤原惟光の母親でもある乳母の見舞いの折、 隣の垣根に咲くユウガオの花に目を留めた源氏が取りにやらせたところ、 邸の住人が和歌で返答する。 市井の女とも思えない教養に興味を持った源氏は、 身分を隠して彼女のもとに通うよう…
【源氏物語 第四帖 夕顔(ゆうがお)】 【The Tale of Genji Chapter 4 Yugao (Evening Faces)】 源氏17歳夏から10月. 従者藤原惟光の母親でもある乳母の見舞いの折、 隣の垣根に咲くユウガオの花に目を留めた源氏が取りにやらせたところ、 邸の住人が和歌…
伊予介《いよのすけ》が十月の初めに四国へ立つことになった。 細君をつれて行くことになっていたから、 普通の場合よりも多くの餞別《せんべつ》品が源氏から贈られた。 またそのほかにも秘密な贈り物があった。 ついでに空蝉《うつせみ》の脱殻《ぬけがら…
源氏は夕顔の四十九日の法要を そっと叡山《えいざん》の法華堂《ほっけどう》で 行なわせることにした。 それはかなり大層なもので、 上流の家の法会《ほうえ》としてあるべきものは 皆用意させたのである。 寺へ納める故人の服も新調したし寄進のものも大…
今も伊予介の家の小君は 時々源氏の所へ行ったが、 以前のように源氏から手紙を託されて来るようなことがなかった。 自分の冷淡さに懲りておしまいになったのかと思って、 空蝉《うつせみ》は心苦しかったが、 源氏の病気をしていることを聞いた時にはさすが…
小さい子を一人 行方不明にしたと言って 中将が憂鬱《ゆううつ》になっていたが、 そんな小さい人があったのか」 と問うてみた。 「さようでございます。一昨年の春お生まれになりました。 お嬢様で、とてもおかわいらしい方でございます」 「で、その子はど…
左大臣も徹底的に世話をした。 大臣自身が二条の院を見舞わない日もないのである。 そしていろいろな医療や祈祷《きとう》をしたせいでか、 二十日ほど重態だったあとに余病も起こらないで、 源氏の病気は次第に回復していくように見えた。 行触《ゆきぶ》れ…
「もう明け方に近いころだと思われます。 早くお帰りにならなければいけません」 惟光《これみつ》がこう促すので、源氏は顧みばかりがされて、 胸も悲しみにふさがらせたまま帰途についた。 露の多い路《みち》に厚い朝霧が立っていて、 このままこの世でな…
「よくないことだとおまえは思うだろうが、 私はもう一度 遺骸を見たいのだ。 それをしないではいつまでも憂鬱が続くように思われるから、 馬ででも行こうと思うが」 主人の望みを、 とんでもない軽率なことであると思いながらも 惟光は止めることができなか…
「今お話ししたようにこまかにではなく、 ただ思いがけぬ穢れにあいましたと申し上げてください。 こんなので今日は失礼します」 素知らず顔には言っていても、 心にはまた愛人の死が浮かんできて、 源氏は気分も非常に悪くなった。 だれの顔も見るのが物憂…
源氏自身が遺骸《いがい》を車へ載せることは無理らしかったから、 ござ に巻いて惟光《これみつ》が車へ載せた。 小柄な人の死骸からは 悪感は受けないできわめて美しいものに思われた。 残酷に思われるような扱い方を遠慮して、 確かにも巻かなんだから、 …
灯はほのかに瞬《またた》いて、 中央の室との仕切りの所に立てた屏風の上とか、 室の中の隅々《すみずみ》とか、 暗いところの見えるここへ、 後ろからひしひしと足音をさせて 何かが寄って来る気がしてならない、 惟光が早く来てくれればよいとばかり源氏…
「とても気持ちが悪うございますので下を向いておりました。 奥様はどんなお気持ちでいらっしゃいますことでしょう」 「そうだ、なぜこんなにばかりして」 と言って、 手で探ると夕顔は息もしていない。 動かしてみてもなよなよとして気を失っているふうであ…
「私がどんなにあなたを愛しているかしれないのに、 私を愛さないで、こんな平凡な人をつれていらっしって 愛撫《あいぶ》なさるのはあまりにひどい。恨めしい方」 と言って横にいる女に手をかけて起こそうとする。 こんな光景を見た。 苦しい襲われた気持ち…
『夕露に ひもとく花は 玉鉾《たまぼこ》の たよりに見えし 縁《えに》こそありけれ』 あなたの心あてにそれかと思うと言った時の人の顔を 近くに見て幻滅が起こりませんか」 と言う源氏の君を後目《しりめ》に女は見上げて、 『光ありと 見し夕顔の うは露…
呼び出した院の預かり役の出て来るまで留めてある車から、 忍ぶ草の生い茂った門の廂《ひさし》が見上げられた。 たくさんにある大木が暗さを作っているのである。 霧も深く降っていて空気の湿っぽいのに 車の簾《すだれ》を上げさせてあったから源氏の袖も …
白い袷《あわせ》に柔らかい淡紫《うすむらさき》を重ねた はなやかな姿ではない、ほっそりとした人で、 どこかきわだって非常によいというところはないが 繊細な感じのする美人で、 ものを言う様子に弱々しい可憐《かれん》さが十分にあった。 才気らしいも…
源氏もこんなに真実を隠し続ければ、 自分も女のだれであるかを知りようがない、 今の家が仮の住居であることは間違いのないことらしいから、 どこかへ移って行ってしまった時に、 自分は呆然《ぼうぜん》とするばかりであろう。 行くえを失ってもあきらめが…
「確かにその車の主が知りたいものだ」 もしかすれば それは頭中将が 忘られないように話した 常夏《とこなつ》の歌の女ではないかと思った源氏の、 も少しよく探りたいらしい顔色を見た惟光《これみつ》は、 「われわれ仲間の恋と見せかけておきまして、 実…
源氏よりは八歳上の二十五であったから、 不似合いな相手と恋に堕《お》ちて、 すぐにまた愛されぬ物思いに沈む運命なのだろうかと、 待ち明かしてしまう夜などには 煩悶《はんもん》することが多かった。 霧の濃くおりた朝、帰りをそそのかされて、 ねむそ…
「そんなことから隣の家の内の秘密が わからないものでもないと思いまして、 ちょっとした機会をとらえて隣の女へ手紙をやってみました。 するとすぐに書き馴《な》れた達者な字で返事がまいりました、 相当によい若い女房もいるらしいのです」 「おまえは、…
では その女房をしているという女たちなのであろうと源氏は解釈して、 いい気になって、物馴《ものな》れた戯れをしかけたものだと思い、 下の品であろうが、 自分を光源氏と見て詠んだ歌をよこされたのに対して、 何か言わねばならぬという気がした。 とい…
「長い間 恢復《かいふく》しないあなたの病気を心配しているうちに、 こんなふうに尼になってしまわれたから残念です。 長生きをして私の出世する時を見てください。 そのあとで死ねば九品蓮台《くぼんれんだい》の 最上位にだって 生まれることができるで…
源氏が六条に恋人を持っていたころ、 御所からそこへ通う途中で、 だいぶ重い病気をし尼になった大弐《だいに》の乳母《めのと》を 訪ねようとして、五条辺のその家へ来た。 乗ったままで車を入れる大門がしめてあったので、 従者に呼び出させた乳母の息子の…