2023-01-01から1年間の記事一覧
風流がりな男であると思いながら源氏は 直衣《のうし》をきれいに着かえて、 夜がふけてから出かけた。 よい車も用意されてあったが、 目だたせぬために馬で行くのである。 惟光などばかりの一人二人の供をつれただけである。 山手の家はやや遠く離れていた…
源氏はただ櫛の箱だけを丁寧に拝見した。 繊細な技巧でできた結構な品である。 挿《さ》し櫛のはいった小箱につけられた飾りの造花に 御歌が書かれてあった。 別れ路《ぢ》に 添へし小櫛をかごとにて はるけき中と 神やいさめし この御歌に源氏は心の痛くな…
前斎宮《ぜんさいぐう》の入内《じゅだい》を 女院は熱心に促しておいでになった。 こまごまとした入用の品々もあろうが すべてを引き受けてする人物がついていないことは気の毒であると、 源氏は思いながらも院への御遠慮があって、 今度は二条の院へお移し…
内大臣光源氏の後見のもと、 斎宮は入内して梅壺に入り女御となった。 若い冷泉帝は始め年上の斎宮女御になじめなかったが、 絵画という共通の趣味をきっかけに寵愛を増す。 先に娘を弘徽殿女御として入内させていた権中納言(頭中将)はこれを知り、 負けじ…
息子たちが、当分は、 「あんなに父が頼んでいったのだから」 と表面だけでも言っていてくれたが、 空蝉の堪えられないような意地の悪さが追い追いに見えて来た。 世間ありきたりの法則どおりに 継母はこうして苦しめられるのであると思って、 空蝉はすべて…
恨めしかった点でも、 恋しかった点でも源氏には忘れがたい人であったから、 なお おりおりは 空蝉の心を動かそうとする手紙を書いた。 そのうち常陸介《ひたちのすけ》は 老齢のせいか病気ばかりするようになって、 前途を心細がり、 悲観してしまい、 息子…
「あれから長い時間がたっていて、 きまりの悪い気もするが、 忘れない私の心ではいつも現在の恋人のつもりでいるよ。 でもこんなことをしてはいっそう嫌われるのではないかね」 こう言って源氏は渡した。 佐はもったいない気がしながら受け取って姉の所へ持…
佐《すけ》を呼び出して、 源氏は姉君へ手紙をことづてたいと言った。 他の人ならもう忘れていそうな恋を、 なおも思い捨てない源氏に右衛門佐は驚いていた。 あの日私は、 あなたとの縁は よくよく前生で堅く結ばれて来たものであろうと感じましたが、 あな…
源氏が石山寺を出る日に右衛門佐が迎えに来た。 源氏に従って寺へ来ずに、 姉夫婦といっしょに京へはいってしまったことを 佐《すけ》は謝した。 少年の時から非常に源氏に愛されていて、 源氏の推薦で官につくこともできた恩もあるのであるが、 源氏の免職…
九月の三十日であったから、 山の紅葉は濃く淡《うす》く紅を重ねた間に、 霜枯れの草の黄が混じって見渡される逢坂山の関の口から、 また さっと一度に出て来た 襖姿《あおすがた》の侍たちの旅装の厚織物や くくり染めなどは一種の美をなしていた。 源氏の…
京から以前 紀伊守《きいのかみ》であった息子 その他の人が迎えに来ていて 源氏の石山詣《もう》でを告げた。 途中が混雑するであろうから、 こちらは早く逢坂山を越えておこうとして、 常陸介は夜明けに近江《おうみ》の宿を立って 道を急いだのであるが、…
光源氏が須磨へ蟄居してから帰京後までの話。 源氏が都を追われ、後見を失った末摘花の生活は困窮を極めていた。 邸は荒れ果てて召使たちも去り、 受領の北の方となっている叔母が姫を娘の女房に迎えようとするが、 末摘花は応じない。 やがて源氏が帰京した…
以前の伊予介《いよのすけ》は 院がお崩《かく》れになった翌年 常陸介《ひたちのすけ》になって任地へ下ったので、 昔の帚木《ははきぎ》もつれて行った。 源氏が須磨《すま》へ引きこもった噂《うわさ》も、 遠い国で聞いて、悲しく思いやらないのではなか…
源氏が帰京した翌年、常陸介(元伊予介)が任期を終えて、 妻空蝉と共に戻ってきた。 石山寺へ参詣途中の源氏は逢坂関で、空蝉の一行に巡り会う。 源氏は懐かしさに空蝉の弟右衛門佐(元小君)を呼び寄せ、 空蝉へ文を送った。 その後も二人は文を交わしたが…
かきつらね 昔のことぞ 思ほゆる 雁はそのよの友ならねども 須磨の里の秋 十五夜の月あかりのもと 良清の歌 〜次々と昔の事が懐かしく思い出されます 雁は 昔からの友達であったわけではないのだが 【12帖 須磨 すま】 初雁《はつかり》は 恋しき人の つらな…
尚侍《ないしのかみ》は 源氏の追放された直接の原因になった女性であるから、 世間からは嘲笑的に注視され、 恋人には遠く離れて、 深い歎《なげ》きの中に溺れているのを、 大臣は最も愛している娘であったから憐《あわ》れに思って、 熱心に太后へ取りな…
しほたるる ことをやくにて 松島に 年経《ふ》るあまもなげきをぞ積む 藤壺の宮が尼におなりになって お返事も以前のものより情味があった 〜涙を流し濡れているのを仕事として 出家したわたしも嘆きを積み重ねています 【第12帖 須磨 すま】 入道の宮も東宮…
手紙はこまごまと書いて送ることを怠らない。 二条の院にすぐ近い地所へ このごろ建築させている家のことを、 源氏は末摘花に告げて、 そこへあなたを迎えようと思う、 今から童女として使うのによい子供を選んで 馴らしておおきなさい。 ともその手紙には書…
ふる里を 峯の霞《かすみ》は 隔つれど 眺《なが》むる空は同じ雲井か 須磨の地で京に残してきた人たちのことを考え 悲しい気持ちになる源氏 〜住みなれた都の方を 峰の霞は遠く隔てている。 わたしが悲しい気持ちで眺めている空は 都であの人が眺めているの…
賀茂祭り、斎院の御禊《ごけい》などのあるころは、 その用意の品という名義で諸方から源氏へ送って来る物の多いのを、 源氏はまたあちらこちらへ分配した。 その中でも常陸の宮へ贈るのは、 源氏自身が何かと指図《さしず》をして、 宮邸に足らぬ物を何かと…
落ちようとする月の光が 西の妻戸の開いた口からさしてきて、 その向こうにあるはずの廊もなくなっていたし、 廂《ひさし》の板もすっかり取れた家であるから、 明るく室内が見渡された。 昔のままに飾りつけのそろっていることは、 忍ぶ草のおい茂った外見…
泊まって行くことも この家の様子と自身とが調和の取れないことを思って、 もっともらしく口実を作って源氏は帰ろうとした。 自身の植えた松ではないが、 昔に比べて高くなった木を見ても、 年月の長い隔たりが源氏に思われた。 そして源氏の自身の今日の身…
「長くお逢いしないでも、 私の心だけは変わらずにあなたを思っていたのですが、 何ともあなたが言ってくださらないものだから、 恨めしくて、 今までためすつもりで冷淡を装っていたのですよ。 しかし、三輪《みわ》の杉《すぎ》ではないが、 この前の木立…
「逢ふことの 難《かた》きを今日に 限らずば なほ幾世をか歎《なげ》きつつ経ん どうなってもこうなっても 私はあなたにつきまとっているのですよ」 宮は吐息《といき》をおつきになって、 長き世の 恨みを人に 残しても かつは 心をあだとしらなん とお言…
女王《にょおう》は望みをかけて来たことの 事実になったことはうれしかったが、 りっぱな姿の源氏に見られる自分を恥ずかしく思った。 大弐《だいに》の夫人の贈った衣服はそれまで、 いやな気がしてよく見ようともしなかったのを、 女房らが香を入れる唐櫃…
「とても中をお歩きになれないほどの露でございます。 蓬《よもぎ》を少し払わせましてから おいでになりましたら」 この惟光《これみつ》の言葉を聞いて、 源氏は、 尋ねても われこそ訪《と》はめ 道もなく 深き蓬の もとの心を」 と口ずさんだが、 やはり…
「そんなふうにして、やっと人間を発見したのでございます。 侍従の叔母《おば》で少将とか申しました老人が 昔の声で話しました」 惟光はなお目に見た邸内の様子をくわしく言う。 源氏は非常に哀れに思った。 この廃邸じみた家に、どんな気持ちで住んでいる…
中宮は院の御一周忌をお営みになったのに続いて またあとに法華経《ほけきょう》の八講を催されるはずで いろいろと準備をしておいでになった。 十一月の初めの御命日に雪がひどく降った。 源氏から中宮へ歌が送られた。 別れにし 今日《けふ》は来れども 見…
「変わっていらっしゃれば こんなお邸にそのまま住んでおいでになるはずもありません。 御推察なさいまして あなたからよろしくお返辞を申し上げてください。 私どものような老人でさえ経験したことのないような 苦しみをなめて今日までお待ちになったのでご…
「いらっしゃったのはどなたですか」 惟光《これみつ》は自分の名を告げてから、 「侍従さんという方にちょっとお目にかかりたいのですが」 と言った。 「その人はよそへ行きました。 けれども侍従の仲間の者がおります」 と言う声は、昔よりもずっと老人じ…