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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

平家物語52 第3巻 足摺①〈あしずり〉〜The Tale of the Heike🌊

大赦の御使、

丹左衛門尉基康《たんざえもんのじょうもとやす》と

その供のものをのせた船は、

目指す鬼界ヶ島についたが、荒漠とした孤島のさまは、

都より訪れた人々に、おそろしく激しい印象を与えた。

船が島につくや、波にぬれた浜に一気に飛び下りた基康は、

大声をあげた。

「都から流された平判官康頼入道、丹波少将殿はおらるるか」

 供の者もこれに和して、口々に尋ねたが、

しばしは波の音がこれに応えるばかりであった。

 というのも、

康頼と少将の二人は例の熊野詣に行っていたからであったが、

ただ一人俊寛は小屋のほとりに寝そべったまま、

一人京の街をおもい、故郷の寺の山々に思いをはせていた。

人の声もまれで、耳にするのは、風の音、波の音、

時折り島を渡る海鳥の叫びぐらいで、

近頃物音に無関心になっている俊寛の耳に、

海辺から人の叫び声が伝わって来たのである。

愕然《がくぜん》として身を起した俊寛はわが耳を疑った。

だが、熊野詣の二人を呼ぶ島人ならざる人の声は、

確かに聞えた。

「これは夢にちがいない。

 寝ても覚めても

 京の都のことばかり思いつめていたための幻《まぼろし》の声だ。

 悪魔がおれの心を惑わそうというのか。とても現実とは思えん」

と一人わななきながら呟《つぶや》く俊寛の足は、

飛ぶように声のする海辺へ向った。

俊寛は走っているつもりではあったろうが、

その形は殆んど倒れながら転がるにも似ていた。

 俊寛が使いの丹左衛門尉基康の姿を認めるのと、

流された俊寛は私だ、と叫ぶのと同時であったが、

彼自身、現にあることが、事実か幻か、

判別出来ぬ有様だったのである。

 漸く落ちついた俊寛の前に、

清盛の大赦文《ゆるしぶみ》をしたためた赦文が差し出された。

ふるえる手つきでこれをあけた俊寛は一気に読み下した。

「重罪は今までの流罪によって許す。

 都に早く帰ることを考えよ。

 このたび、中宮の安産のお祈りによって、大赦を行なう。

 故に鬼界ヶ島の流人、少将成経、康頼法師の両人赦免」

だが俊寛の名はどこにもなかった。

目を血走らせた彼は、

赦文の包み紙をひったくるようにして見た。

やはり彼の名はなかった。

半狂乱になって赦文を隅々まで探したが、

求める二字はなかったのである。

今こそ俊寛は、これが幻であれと心の中で叫んだであろう。

 やがて姿を見せ、

ことの成行きを承知して喜色を浮べた幸運の二人、

少将、法師の姿も俊寛には見えなかった。

彼の欲したのは、ただ二つの文字、俊寛の名前だけであった。

同情した二人が共に俊寛の名前の空しい捜索を手伝ったが、

結果は同じことであった。

何より彼を絶望させたのは、

後の二人に縁者から手紙言づけの類が山程あったのに、

彼には全くなかったことである。

 夢から覚めた、いや現実からさめた俊寛の胸には、

おれの親類縁者は

一人も都にはいないのかという思いが湧き上がってきた。

やがて、すべてに見離されたと知った俊寛の口から

絶望の声がもれたのである。

「一体、この三人は同じ罪なのだ。流された所も同じなら、

 罪の重さも同じはずだ。

 おれ一人ここに残すというはずはないのだ。

 平家が思い忘れたか、赦文を書いた役人の書き間違いか、

 これはどういうことなのか、おれにはわからん」

狂ったように泣く俊寛の両手には、

浜のぬれた砂がつかまれた。

汀《なぎさ》に打ち伏したまま泣き叫ぶ姿に、

誰も声が出なかった。

 やおら身をおこした俊寛は、

丹波少将の袂《たもと》をむずとつかんで、哀訴した。

かつての傲然たる面影は全くない。

あるのは、

都に帰りたい執念が一時に爆発した一人の男がいるだけである。

🌖🎼蒼白な月影 written by まんぼう二等兵

 

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