2023-01-01から1年間の記事一覧
宮中の儀式などもこの御代から始まったというものを 起こそうと源氏は思うのであった。 絵合わせなどという催しでも単なる遊戯でなく、 美術の鑑賞の会にまで引き上げて行なわれるような 盛りの御代が現出したわけである。 しかも源氏は人生の無常を深く思っ…
「須磨、明石の二巻は女院の御座右に差し上げていただきたい」 こう源氏は申し出た。 女院はこの二巻の前後の物も皆見たく思召すとのことであったが、 「またおりを見まして」 と源氏は御挨拶《あいさつ》を申した。 帝が絵合わせに満足あそばした御様子であ…
宮はしまいには戯談《じょうだん》をお言いになったが 酔い泣きなのか、故院のお話をされてしおれておしまいになった。 二十幾日の月が出てまだここへはさしてこないのであるが、 空には清い明るさが満ちていた。 書司に保管されてある楽器が召し寄せられて…
「何の芸でも頭がなくては習えませんが、 それでもどの芸にも皆師匠があって、 導く道ができているものですから、 深さ浅さは別問題として、 師匠の真似《まね》をして一通りにやるだけのことは だれにもまずできるでしょう。 ただ字を書くことと囲碁だけは …
明け方近くなって古い回想から湿った心持ちになった源氏は 杯を取りながら帥《そつ》の宮に語った。 「私は子供の時代から学問を熱心にしていましたが、 詩文の方面に進む傾向があると御覧になったのですか、 院がこうおっしゃいました、 文学というものは世…
最後の番に左から須磨の巻が出てきたことによって 中納言の胸は騒ぎ出した。 右もことに最後によい絵巻が用意されていたのであるが、 源氏のような天才が 清澄な心境に達した時に写生した風景画は 何者の追随をも許さない。 判者の親王をはじめとしてだれも…
評判どおりに入念に描かれた絵巻が多かった。 優劣をにわかにお決めになるのは困難なようである。 例の四季を描いた絵も、 大家がよい題材を選んで筆力も雄健に描き流した物は 価値が高いように見えるが、 今度は皆紙絵であるから、 山水画の豊かに描かれた…
右は沈の木の箱に 浅香《せんこう》の下机《したづくえ》、 帛紗は青地の高麗錦《こうらいにしき》、 机の脚《あし》の組み紐の飾りがはなやかであった。 侍童らは青色に柳の色の汗袗《かざみ》、 山吹襲《やまぶきかさね》の袙《あこめ》を着ていた。 双方…
定められた絵合わせの日になると、 それはいくぶんにわかなことではあったが、 おもしろく意匠をした風流な包みになって、 左右の絵が会場へ持ち出された。 女官たちの控え座敷に臨時の玉座が作られて、 北側、南側と分かれて判者が座についた。 それは清涼…
大極殿の御輿《みこし》の寄せてある神々しい所に御歌があった。 身こそかく しめの外《ほか》なれ そのかみの 心のうちを 忘れしもせず と言うのである。 返事を差し上げないこともおそれおおいことであると思われて、 斎宮の女御は苦しく思いながら、 昔の…
【源氏物語 第四帖 夕顔(ゆうがお)】 【The Tale of Genji Chapter 4 Yugao (Evening Faces)】 源氏17歳夏から10月. 従者藤原惟光の母親でもある乳母の見舞いの折、 隣の垣根に咲くユウガオの花に目を留めた源氏が取りにやらせたところ、 邸の住人が和歌…
院もこの勝負のことをお聞きになって、 梅壺へ多くの絵を御寄贈あそばされた。 宮中で一年じゅうにある儀式の中のおもしろいのを 昔の名家が描いて、 延喜《えんぎ》の帝が御自身で説明をお添えになった 古い巻き物のほかに、 御自身の御代《みよ》の宮廷に…
婦人たちの言論は長くかかって、 一回分の勝負が容易につかないで時間がたち、 若い女房たちが興味をそれに集めている 陛下と梅壺《うめつぼ》の女御の御絵は いつ席上に現われるか予想ができないのであった。 源氏も参内して、 双方から述べられる支持と批…
次は伊勢《いせ》物語と正三位《しょうさんみ》が合わされた。 この論争も一通りでは済まない。 今度も右は見た目がおもしろくて刺戟的で宮中の模様も描かれてあるし、 現代に縁の多い場所や人が写されてある点でよさそうには見えた。 平典侍が言った。 「伊…
「俊蔭は暴風と波に 弄《もてあそ》ばれて異境を漂泊しても 芸術を求める心が強くて、 しまいには外国にも日本にもない音楽者になったという筋が 竹取物語よりずっとすぐれております。 それに絵も日本と外国との対照が おもしろく扱われている点ですぐれて…
思い思いのことを主張する弁論を 女院は興味深く思召《おぼしめ》して、 まず日本最初の小説である竹取の翁《おきな》と 空穂《うつぼ》の俊蔭《としかげ》の巻を左右にして 論評をお聞きになった。 「竹取の老人と同じように古くなった小説ではあっても、 …
小説を絵にした物は、 見る人がすでに心に作っている幻想を それに加えてみることによって絵の効果が 倍加されるものであるから その種類の物が多い。 梅壺《うめつぼ》の王女御《おうにょご》のほうのは 古典的な価値の定まった物を絵にしたのが多く、 弘徽…
源氏が絵を集めていると聞いて、 権中納言はいっそう自家で傑作をこしらえることに努力した。 巻物の軸、紐《ひも》の装幀《そうてい》にも 意匠を凝らしているのである。 それは三月の十日ごろのことであったから、 最もうららかな好季節で、 人の心ものび…
夫人は今まで源氏の見せなかったことを恨んで言った。 「一人居《ゐ》て 眺めしよりは 海人《あま》の住む かたを書きてぞ 見るべかりける あなたにはこんな慰めがおありになったのですわね」 源氏は夫人の心持ちを哀れに思って言った。 「うきめ見し そのを…
その時分に高麗人《こまうど》が来朝した中に、上手《じょうず》な人相見の者が混じっていた。帝はそれをお聞きになったが、宮中へお呼びになることは亭子院のお誡《いまし》めがあっておできにならず、だれにも秘密にして皇子のお世話役のようになっている…
「隠そう隠そうとしてあまり御前へ出さずに 陛下をお悩ましするなどということはけしからんことだ」 と源氏は言って、 帝へは 「私の所にも古い絵はたくさんございますから 差し上げることにいたしましょう」 と奏して、 源氏は二条の院の古画新画のはいった…
「小説を題にして描いた絵が最もおもしろい」 と言って、 権中納言は選んだよい小説の内容を絵にさせているのである。 一年十二季の絵も平凡でない文学的価値のある詞《ことば》書きをつけて 帝のお目にかけた。 おもしろい物であるがそれは非常に大事な物ら…
こんなふうに隙間《すきま》もないふうに 二人の女御が侍しているのであったから、 兵部卿《ひょうぶきょう》の宮は女王の後宮入りを 実現させにくくて煩悶《はんもん》をしておいでになったが、 帝が青年におなりになったなら、 外戚の自分の娘を疎外あそば…
院は櫛《くし》の箱の返歌を御覧になってから いっそう恋しく思召された。 ちょうどそのころに源氏は院へ伺候した。 親しくお話を申し上げているうちに、 斎宮が下向されたことから、 院の御代《みよ》の斎宮の出発の儀式にお話が行った。 院も回想していろ…
このごろは女院も御所に来ておいでになった。 帝は新しい女御の参ることをお聞きになって、 少年らしく興奮しておいでになった。 御年齢よりはずっと大人びた方なのである。 女院も、 「りっぱな方が女御に上がって来られるのですから、 お気をおつけになっ…
「私は病気によっていったん職をお返しした人間なのですから、 今日はまして年も老いてしまったし、 そうした重任に当たることなどはだめです」 と大臣は言って引き受けない。 「支那《しな》でも政界の混沌《こんとん》としている時代は 退いて隠者になって…
養父として一切を源氏が世話していることにしては 院へ済まないという遠慮から、 単に好意のある態度を取っているというふうを示していた。 もとからよい女房の多い宮であったから、 実家に引いていがちだった人たちも皆出て来て、 すでにはなやかな女御の形…
お使いの幾人かはそれぞれ差のあるいただき物をして帰った。 源氏は斎宮の御返歌を知りたかったのであるが、 それも見たいとは言えなかった。 院は美男でいらせられるし、 女王もそれにふさわしい配偶のように思われる、 少年でいらせられる帝の女御《にょご…
「この御返歌はどうなさるだろう、 またお手紙もあったでしょうが お答えにならないではいけないでしょう」 などと源氏は言ってもいたが、 女房たちはお手紙だけは源氏に見せることをしなかった。 宮は気分がおすぐれにならないで、 御返歌をしようとされな…
閑暇《かんか》な地位へお退《の》きになった現今の院は、 何事もなしうる主権に離れた寂しさというようなものを お感じにならないであろうか、 自分であれば 世の中が恨めしくなるに違いないなどと思うと心が苦しくて、 何故女王を宮中へ入れるようなよけい…