崩御後の御仏事なども多くの御遺子たちの中で
源氏は目だって誠意のある弔い方をした。
それが道理ではあるが源氏の孝心に同情する人が多かった。
喪服姿の源氏がまた限りもなく清く見えた。
去年今年と続いて不幸にあっていることについても
源氏の心は厭世《えんせい》的に傾いて、
この機会に僧になろうかとも思うのであったが、
いろいろな絆《ほだし》を持っている源氏に
それは実現のできる事ではなかった。
四十九日までは女御《にょご》や更衣たちが
皆院の御所にこもっていたが、
その日が過ぎると散り散りに別な実家へ
帰って行かねばならなかった。
これは十月二十日のことである。
この時節の寂しい空の色を見ては
だれも世がこれで終わっていくのではないかと
心細くなるころである。
中宮は最も悲しんでおいでになる。
皇太后の性格をよく知っておいでになって、
その方の意志で動く当代において、
今後は
どんなつらい取り扱いを受けねばならぬかというお心細さよりも、
またない院の御愛情に包まれてお過ごしになった過去を
お忍びになる悲しみのほうが大きかった。
しかも永久に院の御所で人々とお暮らしになることはできずに、
皆帰って行かねばならぬことも宮のお心を寂しくしていた。
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