私などはあなたに幸福の帰って来た今だっても
やはり寂しいのでしたのに」
と恨みともなしに
おおように言っているのが可憐《かれん》であった。
例のように源氏は言葉を尽くして女を慰めていた。
平生どうしまってあったこの人の熱情かと思われるようである。
こんな機会がまた作られたならば、
大弐《だいに》の五節《ごせち》に逢いたいと源氏は願っていたが、
五節の訪問も実現がむずかしいと見なければならない。
女は源氏を忘れることができないで、
物思いの多い日を送っていて、
親が心配してかれこれと勧める結婚話には取り合わずに、
人並みの女の幸福などはいらないと思っていた。
🪻🎼夏の穏やかな海辺で(At the calm summer seaside)by蒲鉾さちこ🪻
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