源氏よりは八歳上の二十五であったから、
不似合いな相手と恋に堕《お》ちて、
すぐにまた愛されぬ物思いに沈む運命なのだろうかと、
待ち明かしてしまう夜などには
煩悶《はんもん》することが多かった。
霧の濃くおりた朝、帰りをそそのかされて、
ねむそうなふうで
歎息《たんそく》をしながら源氏が出て行くのを、
貴女の女房の中将が格子《こうし》を一間だけ上げて、
女主人に見送らせるために
几帳《きちょう》を横へ引いてしまった。
それで貴女は頭を上げて外をながめていた。
いろいろに咲いた植え込みの花に心が引かれるようで、
立ち止まりがちに源氏は歩いて行く。 非常に美しい。
廊のほうへ行くのに中将が供をして行った。
この時節にふさわしい淡紫《うすむらさき》の薄物の裳《も》を
きれいに結びつけた中将の腰つきが艶《えん》であった。
源氏は振り返って
曲がり角の高欄の所へしばらく中将を引き据《す》えた。
なお主従の礼をくずさない態度も
額髪《ひたいがみ》の かかりぎわのあざやかさも
すぐれて優美な中将だった。
「咲く花に 移るてふ名は つつめども
折らで過ぎうき 今朝の朝顔‥ どうすればいい?」
こう言って源氏は女の手を取った。
物馴《ものな》れたふうで、すぐに、
「朝霧の 晴れ間も待たぬ けしきにて
花に心を とめぬとぞ見る」
と言う。
源氏の焦点をはずして主人の侍女としての挨拶をしたのである。
美しい童侍《わらわざむらい》の 恰好のよい姿をした子が、
指貫《さしぬき》の袴《はかま》を露で濡らしながら、
草花の中へはいって行って朝顔の花を持って来たりもするのである、
この秋の庭は絵にしたいほどの趣があった。
源氏を遠くから知っているほどの人でもその美を敬愛しない者はない、
情趣を解しない山の男でも、
休み場所には桜の蔭《かげ》を選ぶようなわけで、
その身分身分によって
愛している娘を源氏の女房にさせたいと思ったり、
相当な女であると思う妹を持った兄が、
ぜひ源氏の出入りする家の召使にさせたいとか皆思った。
まして何かの場合には優しい言葉を源氏からかけられる女房、
この中将のような女はおろそかにこの幸福を思っていない。
情人になろうなどとは思いも寄らぬことで、
女主人の所へ毎日おいでになれば
どんなにうれしいであろうと思っているのであった。
それから、
あの惟光《これみつ》の受け持ちの五条の女の家を探る件、
それについて惟光はいろいろな材料を得てきた。
「まだだれであるかは私にわからない人でございます。
隠れていることの知れないようにとずいぶん苦心する様子です。
閑暇《ひま》なものですから、
南のほうの高い窓のある建物のほうへ行って、
車の音がすると若い女房などは外をのぞくようですが、
その主人らしい人も時にはそちらへ行っていることがございます。
その人は、よくは見ませんがずいぶん美人らしゅうございます。
この間先払いの声を立てさせて通る車がございましたが、
それをのぞいて女《め》の童《わらわ》が
後ろの建物のほうへ来て、
『右近《うこん》さん、早くのぞいてごらんなさい、
中将さんが通りをいらっしゃいます』と言いますと
相当な女房が出て来まして、
『まあ静かになさいよ』と手でおさえるようにしながら、
『まあどうしてそれがわかったの、私がのぞいて見ましょう』
と言って
前の家のほうへ行くのですね、 細い渡り板が通路なんですから、
急いで行く人は着物の裾《すそ》を引っかけて倒れたりして、
橋から落ちそうになって、
『まあいやだ』などと大騒ぎで、
もうのぞきに出る気もなくなりそうなんですね。
車の人は直衣《のうし》姿で、随身たちもおりました。
だれだれも、だれだれもと数えている名は
頭中将《とうのちゅうじょう》の随身や少年侍の名でございました」
などと言った。
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