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東の院が美々しく落成したので、 花散里《はなちるさと》といわれていた夫人を源氏は移らせた。 西の対から渡殿《わたどの》へかけてをその居所に取って、 事務の扱い所、家司《けいし》の詰め所なども備わった、 源氏の夫人の一人としての体面を 損じないよ…
光源氏31歳秋の話。 二条東院が完成し、源氏は西の対に花散里を移らせた。 東の対には明石の御方を迎えるつもりだったが、 明石入道は源氏に文で 「娘・明石の御方も住みなれたここを離れて、 上洛することには不安を抱えています。」 と伝えた。 大堰川近く…
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