「一度捨てました世の中へ帰ってまいって
苦しんでおります心も、お察しくださいましたので、
命の長さもうれしく存ぜられます」
尼君は泣きながらまた、
「荒磯《あらいそ》かげに心苦しく存じました二葉《ふたば》の松も
いよいよ頼もしい未来が思われます日に到達いたしましたが、
御生母がわれわれ風情の娘でございますことが、
御幸福の障《さわ》りにならぬかと苦労にしております」
などという様子に品のよさの見える婦人であったから、
源氏はこの山荘の昔の主《あるじ》の親王のことなどを
話題にして語った。
直された流れの水はこの話に言葉を入れたいように、
前よりも高い音を立てていた。
住み馴《な》れし 人はかへりてたどれども
清水《しみづ》ぞ宿の主人《あるじ》がほなる
歌であるともなくこう言う様子に、
源氏は風雅を解する老女であると思った。
「いさらゐは はやくのことも 忘れじを
もとの主人《あるじ》や面《おも》変はりせる
悲しいものですね」
と歎息《たんそく》して立って行く源氏の美しいとりなしにも
尼君は打たれて茫《ぼう》となっていた。
🪷静かな余韻(Quiet suggestiveness) written by 蒲鉾さちこ🪷
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