【🌸源氏物語 】〜The Tale of Genji🍁
権勢の強さの思われる父君を見送っていた令嬢は言う。 「ごりっぱなお父様だこと、あんな方の種なんだのに、 ずいぶん小さい家で育ったものだ私は」 五節《ごせち》は横から、 「でもあまりおいばりになりすぎますわ、 もっと御自分はよくなくても、 ほんと…
座敷の御簾《みす》をいっぱいに張り出すようにして裾をおさえた中で、 五節《ごせち》という生意気な若い女房と令嬢は双六《すごろく》を打っていた。 「しょうさい、しょうさい」 と両手をすりすり賽《さい》を撒《ま》く時の呪文を早口に唱えているのに …
昔は何も深く考えることができずに、 あの騒ぎのあった時も恥知らずに平気で父に対していたと思い出すだけでも 胸がふさがるように雲井の雁は思った。 大宮の所からは始終|逢《あ》いたいというふうにお手紙が来るのであるが、 大臣が気にかけていることを…
雲井の雁はちょうど昼寝をしていた。 薄物の単衣を着て横たわっている姿からは暑い感じを受けなかった。 可憐《かれん》な小柄な姫君である。 薄物に透いて見える肌《はだ》の色がきれいであった。 美しい手つきをして扇を持ちながらその肱《ひじ》を枕にし…
内大臣が娘だと名のって出た女を、直ちに自邸へ引き取った処置について、 家族も家司《けいし》たちもそれを軽率だと言っていること、 世間でも誤ったしかただと言っていることも皆大臣の耳にははいっていたが、 弁《べん》の少将が話のついでに源氏からそん…
【源氏物語796 第26帖 常夏7】自分の手もとへ置いて結婚をさせ、自分の恋人にもしておこう‥深い愛をもって臨めば、夫のあることなどは問題でなく恋は成り立つに違いないと けしからぬことも源氏は思った。
玉鬘の西の対への訪問があまりに続いて人目を引きそうに思われる時は、 源氏も心の鬼にとがめられて間は置くが、 そんな時には何かと用事らしいことをこしらえて手紙が送られるのである。 この人のことだけが毎日の心にかかっている源氏であった。 なぜよけ…
「どうしてだれが私に言ったことかも覚えていないのだが、 あなたのほうの大臣がこのごろほかでお生まれになったお嬢さんを引き取って 大事がっておいでになるということを聞きましたがほんとうですか」 と源氏は弁《べん》の少将に問うた。 「そんなふうに…
「貫川《ぬきがは》の瀬々《せぜ》のやはらだ」 (やはらたまくらやはらかに寝る夜はなくて親さくる妻)と なつかしい声で源氏は歌っていたが「親さくる妻」は少し笑いながら歌い終わったあとの 清掻《すがが》きが非常におもしろく聞かれた。 「さあ弾いて…
月がないころであったから燈籠《とうろう》に灯《ひ》がともされた。 「灯が近すぎて暑苦しい、これよりは篝《かがり》がよい」 と言って、 「篝を一つこの庭で焚《た》くように」 と源氏は命じた。 よい和琴《わごん》がそこに出ているのを見つけて、引き寄…
【源氏物語793 第26帖 常夏4〈とこなつ〉】「中将をきらうことは内大臣として意を得ないことですよ。御自分が尊貴であればあの子も同じ兄妹から生まれた尊貴な血筋というものなのだからね‥」源氏は言った。
「りっぱな青年官吏ばかりですよ。様子にもとりなしにも欠点は少ない。 今日は見えないが右中将は年かさだけあってまた優雅さが格別ですよ。 どうです、あれからのちも手紙を送ってよこしますか。 軽蔑《けいべつ》するような態度はとらないようにしなければ…
内大臣と源氏は大体は仲のよい親友なのであるが、 ずっと以前から性格の相違が原因になったわずかな感情の隔たりはあったし、 このごろはまた中将を侮蔑《ぶべつ》して 失恋の苦しみをさせている大臣の態度に飽き足らないものがあって、 源氏は大臣が癪《し…
炎暑の日に源氏は東の釣殿《つりどの》へ出て涼んでいた。 子息の中将が侍しているほかに、親しい殿上役人も数人席にいた。 桂《かつら》川の鮎《あゆ》、加茂《かも》川の石臥《いしぶし》などというような魚を 見る前で調理させて賞味するのであったが、 …
内大臣は腹々《はらばら》に幾人もの子があって、 大人になったそれぞれの子息の人柄にしたがって 政権の行使が自由なこの人は皆適した地位につかせていた。 女の子は少なくて后の競争に負け失意の人になっている女御《にょご》と 恋の過失をしてしまった雲…
中将を源氏は夫人の住居《すまい》へ接近させないようにしていたが、 姫君の所へは出入りを許してあった。 自分が生きている間は異腹の兄弟でも同じであるが、 死んでからのことを思うと早くから親しませておくほうが 双方に愛情のできることであると思って…
【源氏物語787 第25帖 蛍12】源氏は姫君を完全な女性に仕上げることに一所懸命であった。継母が意地悪をする小説も多かったから、選択に選択をしたよいものだけを姫君のために写させ 絵に描かせたりした。
「浅はかな、ある型を模倣したにすぎないような女は 読んでいましてもいやになります。 空穂《うつぼ》物語の藤原《ふじわら》の君の姫君は 重々しくて過失はしそうでない性格ですが、 あまり真直《まっすぐ》な線ばかりで、 しまいまで女らしく書かれてない…
【源氏物語786 第25帖 蛍11】「姫君の前でこうした男女関係の書かれた小説は読んで聞かせないように。恋をし始めた娘が悪いわけではないが、それを普通のことのように思ってしまわれるのが危険ですからね」
玉鬘は襟《えり》の中へ顔を引き入れるようにして言う。 「小説におさせにならないでも、 こんな奇怪なことは話になって世間へ広まります」 「珍しいことだというのですか。 そうです。私の心は珍しいことにときめく」 ひたひたと寄り添ってこんな戯れを源氏…
「だれの伝記とあらわに言ってなくても、 善《よ》いこと、悪いことを目撃した人が、見ても見飽かぬ美しいことや、 一人が聞いているだけでは憎み足りないことを後世に伝えたいと、 ある場合、 場合のことを一人でだけ思っていられなくなって 小説というもの…
【源氏物語784 第25帖 蛍9】玉鬘は興味を小説に持って、毎日写したあり、読んだりした。数奇な女の運命が書かれてある小説の中にも、自身の体験したほどの変わったことにあっている人はないと玉鬘は思った。
梅雨《つゆ》が例年よりも長く続いて いつ晴れるとも思われないころの退屈さに 六条院の人たちも絵や小説を写すのに没頭した。 明石《あかし》夫人はそんなほうの才もあったから 写し上げた草紙などを姫君へ贈った。 若い玉鬘《たまかずら》はまして興味を小…
【源氏物語783 第25帖 蛍8】髭黒右大将のことを深味のあるような人であると花散里が言うのを聞いても、たいしたことがあるものでない、婿などにしては満足していられないであろうと源氏は否定したく思った。
源氏は花散里のほうに泊まるのであった。 いろいろな話が夫人とかわされた。 「兵部卿の宮はだれよりもごりっぱなようだ。 御容貌などはよろしくないが、 身の取りなしなどに高雅さと愛嬌《あいきょう》のある方だ。 そのほかはよいと言われている人たちにも…
【源氏物語 第25帖782 蛍7】 女房たちは今日の競技の見物を喜んだ。玉鬘の方からも童女などが見物に来て、廊の戸に御簾が青やかにかけ渡され、紫ぼかしの几帳がずっと立てられた所を女房が行き来していた。
今日は美しく作った薬玉《くすだま》などが諸方面から贈られて来る。 不幸だったころと今とがこんなことにも比較されて考えられる玉鬘は、 この上できるならば世間の悪名を負わずに済ませたいともっともなことを願っていた。 源氏は花散里《はなちるさと》夫…
五日には馬場殿へ出るついでにまた玉鬘を源氏は訪《たず》ねた。 「どうでしたか。宮はずっとおそくまでおいでになりましたか。 際限なく宮を接近おさせしないようにしましょう。 危険性のある方だからね。 力で恋人を征服しようとしない人は少ないからね」 …
【源氏物語 第25帖780 蛍5】実の父に娘を認められた上では、これほどの熱情を持つ源氏を夫にすることは似つかわしくないわけでないが、父になり娘の今、この恋が世間の問題にされるであろうと玉鬘は苦しむ。
「鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに人の消《け》つには消《け》ゆるものかは 御実験なすったでしょう」 と宮はお言いになった。 こんな場合の返歌を長く考え込んでからするのは感じのよいものでないと思って、 玉鬘《たまかずら》はすぐに、 声はせで身をのみこ…
「あまりに重苦しいしかたです。 すべて相手次第で態度を変えることが必要で、そして無難です。 少女らしく恥ずかしがっている年齢《とし》でもない。 この宮さんなどに人づてのお話などをなさるべきでない。 声はお惜しみになっても少しは近い所へ出ていな…
【源氏物語778 第25帖 蛍3】宮のご訪問に 心憎いほどの空薫きをさせたり、姫君の座をつくろったりする源氏は、親でなく、よこしまな恋を持つ男であって、玉鬘の心にとっては同情される点のある人であった。
「あまりに重苦しいしかたです。 すべて相手次第で態度を変えることが必要で、そして無難です。 少女らしく恥ずかしがっている年齢《とし》でもない。 この宮さんなどに人づてのお話などをなさるべきでない。 声はお惜しみになっても少しは近い所へ出ていな…
まだたいして長い月日がたったわけではないが、 確答も得ないうちに不結婚月の五月にさえなったと恨んでおいでになって、 ただもう少し近くへ伺うことをお許しくだすったら、 その機会に私の思い悩んでいる心を直接お洩《も》らしして、 それによってせめて…
源氏の現在の地位はきわめて重いが もう廷臣としての繁忙もここまでは押し寄せて来ず、 のどかな余裕のある生活ができるのであったから、 源氏を信頼して来た恋人たちにもそれぞれ安定を与えることができた。 しかも対《たい》の姫君だけは予期せぬ煩悶《は…
【源氏物語775 第24帖 胡蝶19完 〈こちょう〉】兵部卿の宮や右大将は自身らに姫君を与えてもよいという源氏の意向らしいことを聞いて、非常に嬉しくて、いよいよ熱心な求婚者に宮も大将もおなりになった。
翌朝早く源氏から手紙を送って来た。 身体《からだ》が苦しくて玉鬘は寝ていたのであるが、 女房たちは硯《すずり》などを出して来て、返事を早くするようにと言う。 玉鬘はしぶしぶ手に取って中を見た。 白い紙で表面だけは美しい字でまじめな書き方にして…
こうして二人並んで身を横たえていることで、 源氏の心は昔がよみがえったようにも思われるのである。 自身のことではあるが、これは軽率なことであると考えられて、 反省した源氏は、人も不審を起こすであろうと思って、 あまり夜も更《ふ》かさないで帰っ…
そこに置かれてあった箱の蓋《ふた》に、 菓子と橘《たちばな》の実を混ぜて盛ってあった中の、 橘を源氏は手にもてあそびながら、 「橘のかをりし袖《そで》によそふれば変はれる身とも思ほえぬかな 長い年月の間、どんな時にも恋しく思い出すばかりで、 慰…
気にかかる玉鬘を源氏はよく見に行った。 しめやかな夕方に、 前の庭の若楓《わかかえで》と柏《かしわ》の木がはなやかに繁り合っていて、 何とはなしに爽快《そうかい》な気のされるのをながめながら、 源氏は「和しまた清し」と詩の句を口ずさんでいたが…