月がないころであったから燈籠《とうろう》に灯《ひ》がともされた。
「灯が近すぎて暑苦しい、これよりは篝《かがり》がよい」
と言って、
「篝を一つこの庭で焚《た》くように」
と源氏は命じた。
よい和琴《わごん》がそこに出ているのを見つけて、引き寄せて、
鳴らしてみると律の調子に合わせてあった。
よい音もする琴であったから少し源氏は弾《ひ》いて、
「こんなほうのことには趣味を持っていられないのかと、
失礼な推測をしてましたよ。
秋の涼しい月夜などに、
虫の声に合わせるほどの気持ちでこれの弾かれるのははなやかでいいものです。
これはもったいらしく弾く性質の楽器ではないのですが、
不思議な楽器で、すべての楽器の基調になる音を持っている物はこれなのですよ。
簡単にやまと琴という名をつけられながら無限の深味のあるものなのですね。
ほかの楽器の扱いにくい女の人のために作られた物の気がします。
おやりになるのならほかの物に合わせて熱心に練習なさい。
むずかしいことがないような物で、
さてこれに妙技を現わすということはむずかしいといったような楽器です。
現在では内大臣が第一の名手です。
ただ清掻《すがが》きをされるのにもあらゆる楽器の音を含んだ声が立ちますよ」
と源氏は言った。
玉鬘もそのことはかねてから聞いて知っていた。
どうかして父の大臣の爪音《つまおと》に接したいとは以前から願っていたことで、
あこがれていた心が今また大きな衝動を受けたのである。
「こちらにおりまして、
音楽のお遊びがございます時などに聞くことができますでしょうか。
田舎《いなか》の人などもこれはよく習っております琴ですから、
気楽に稽古《けいこ》ができますもののように私は思っていたのでございますが
ほんとうの上手《じょうず》な人の弾くのは違っているのでございましょうね」
玉鬘は熱心なふうに尋ねた。
「そうですよ。あずま琴などとも言ってね、
その名前だけでも軽蔑《けいべつ》してつけられている琴のようですが、
宮中の御遊《ぎょゆう》の時に図書の役人に楽器の搬入を命ぜられるのにも、
ほかの国は知りませんがここではまず大和《やまと》琴が
真先《まっさき》に言われます。
つまりあらゆる楽器の親にこれがされているわけです。
弾《ひ》くことは練習次第で上達しますが、
お父さんに同じ音楽的の遺伝のある娘がお習いすることは理想的ですね。
私の家などへも何かの場合においでにならないことはありませんが、
精いっぱいに弾かれるのを聞くことなどは困難でしょう。
名人の芸というものはなかなか容易に全部を見せようとしないものですからね。
しかしあなたはいつか聞けますよ」
こう言いながら源氏は少し弾いた。はなやかな音であった。
これ以上な音が父には出るのであろうかと
玉鬘は不思議な気もしながらますます父にあこがれた。
ただ一つの和琴《わごん》の音だけでも、
いつの日に自分は娘のために打ち解けて弾いてくれる父親の爪音に
あうことができるのであろうと玉鬘はみずからをあわれんだ。
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