かくてイザナギの命が左の目をお洗いになつた時に御出現になつた神は
天照《あまて》らす大神《おおみかみ》、
右の目をお洗いになつた時に御出現になつた神は月讀《つくよみ》の命、
鼻をお洗いになつた時に御出現になつた神はタケハヤスサノヲの命でありました。
以上ヤソマガツヒの神からハヤスサノヲの命まで十神は、
おからだをお洗いになつたのであらわれた神樣です。
イザナギの命はたいへんにお喜びになつて、
「わたしは隨分《ずいぶん》澤山《たくさん》の子《こ》を生《う》んだが、
一|番《ばん》しまいに三人の貴い御子《みこ》を得た」と仰せられて、
頸《くび》に掛けておいでになつた玉の緒をゆらゆらと搖《ゆら》がして
天照《あまて》らす大神にお授けになつて、
「あなたは天をお治めなさい」
と仰せられました。
この御頸《おくび》に掛《か》けた珠《たま》の名をミクラタナの神と申します。
次に月讀《つくよみ》の命に、「あなたは夜の世界をお治めなさい」
と仰せになり、
スサノヲの命には、
「海上をお治めなさい」と仰せになりました。
それでそれぞれ命ぜられたままに治められる中に、
スサノヲの命だけは命ぜられた國をお治めなさらないで、
長い鬚《ひげ》が胸に垂れさがる年頃になつてもただ泣きわめいておりました。
その泣く有樣は青山が枯山になるまで泣き枯らし、
海や河は泣く勢いで泣きほしてしまいました。
そういう次第ですから亂暴な神の物音は夏の蠅が騷ぐようにいつぱいになり、
あらゆる物の妖《わざわい》が悉く起りました。
そこでイザナギの命がスサノヲの命に仰せられるには、
「どういうわけであなたは命ぜられた國を治めないで泣きわめいているのか」
といわれたので、スサノヲの命は、
「わたくしは母上のおいでになる黄泉《よみ》の國に行きたいと思うので泣いております」
と申されました。
そこでイザナギの命が大變お怒りになつて、
「それならあなたはこの國には住んではならない」
と仰せられて追いはらつてしまいました。
このイザナギの命は、
淡路の多賀《たが》の社《やしろ》にお鎭《しず》まりになつておいでになります。
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