2023-05-01から1ヶ月間の記事一覧
「宮仕えだって、だんだん地位が上がっていけば 悪いことは少しもないのです」 こう言って宮廷入りをしきりに促しておいでになった。 その噂の耳にはいる源氏は、 並み並みの恋愛以上のものをその人に持っていたのであるから、 残念な気もしたが、現在では紫…
若紫と新婚後は宮中へ出たり、 院へ伺候していたりする間も 絶えず源氏は可憐な妻の面影を心に浮かべていた。 恋しくてならないのである。 不思議な変化が自分の心に現われてきたと思っていた。 恋人たちの所からは 長い途絶えを恨めしがった手紙も来るので…
源氏物語183です(間違っててすみません) 人間はあさましいものである、 もう自分は一夜だって この人と別れていられようとも思えないと 源氏は思うのであった。 命ぜられた餠を惟光は わざわざ夜ふけになるのを待って持って来た。 少納言のような年配な人…
その晩は亥《い》の子の餠《もち》を食べる日であった。 不幸のあったあとの源氏に遠慮をして、たいそうにはせず、 西の対へだけ美しい檜破子詰《ひわりごづ》めの物を いろいろに作って持って来てあった。 それらを見た源氏が、南側の座敷へ来て、 そこへ惟…
源氏にそんな心のあることを 紫の君は想像もして見なかったのである。 なぜ自分はあの無法な人を信頼してきたのであろうと思うと 情けなくてならなかった。 昼ごろに源氏が来て、 「気分がお悪いって、どんなふうなのですか。 今日は碁もいっしょに打たない…
つれづれな源氏は西の対にばかりいて、 姫君と扁隠《へんかく》しの遊びなどをして日を暮らした。 相手の姫君のすぐれた芸術的な素質と、 頭のよさは源氏を多く喜ばせた。 ただ肉親のように愛撫《あいぶ》して 満足ができた過去とは違って、 愛すれば愛する…
そばへ寄って逢えなかった間の話など少ししてから、 「たくさん話はたまっていますから、 ゆっくりと聞かせてあげたいのだけれど、 私は今日まで忌《いみ》にこもっていた人なのだから、 気味が悪いでしょう。 あちらで休息することにしてまた来ましょう。 …
二条の院はどの御殿もきれいに掃除ができていて、 男女が主人の帰りを待ちうけていた。 身分のある女房も今日は皆そろって出ていた。 華やかな服装をして きれいに装っているこの女房たちを見た瞬間に 源氏は、 気をめいらせはてた女房が肩を連ねていた、 左…
中宮も命婦《みょうぶ》を取り次ぎにしてお言葉があった。 「大きな打撃をお受けになったあなたですから、 時がたちましても なかなかお悲しみはゆるくなるようなこともないでしょう」 「人生の無常はもうこれまでに いろいろなことで教訓されて参った私でご…
この夕方の家の中の光景は寒気がするほど悲しいものであった。 若い女房たちはあちらこちらにかたまって、 それはまた自身たちの悲しみを語り合っていた。 「殿様がおっしゃいますようにして、 若君にお仕えして、 私はそれを悲しい慰めにしようと思っていま…
亡き魂《たま》ぞ いとど悲しき 寝し床《とこ》の あくがれがたき 心ならひに と書いてある。 「鴛鴦瓦冷霜花重《ゑんあうかはらにひえてさうくわおもし》」 白居易 長恨歌より と書いた所にはこう書かれてある。 君なくて 塵《ちり》積もりぬる 床なつの 露…
「つまらない忖度《そんたく》をして 悲しがる女房たちですね。 ただ今のお言葉のように、 私はどんなことも 自分の信頼する妻は許してくれるものと 暢気《のんき》に思っておりまして、 わがままに外を遊びまわりまして 御無沙汰をするようなこともありまし…
「それではもうお出かけなさいませ。 時雨《しぐれ》があとからあとから 追っかけて来るようですから、 せめて暮れないうちにおいでになるがよい」 と大臣は勧めた。 源氏が座敷の中を見まわすと 几帳《きちょう》の後ろとか、 襖子《からかみ》の向こうとか…
しばらくして源氏の居間へ大臣が出て来た。 非常に悲しんで、 袖を涙の流れる顔に当てたままである。 それを見る女房たちも悲しかった。 人生の悲哀の中に包まれて泣く源氏の姿は、 そんな時も艶《えん》であった。 大臣はやっとものを言い出した。 「年を取…
源氏はだれにも同情の目を向けながら、 「すっかりよその人になるようなことがどうしてあるものか。 私をそんな軽薄なものと見ているのだね。 気長に見ていてくれる人があればわかるだろうがね。 しかしまた私の命がどうなるだろう、その自信はない」 と言っ…
あまりに非凡な女は自身の持つ才識が かえって禍《わざわ》いにもなるものであるから、 西の対の姫君をそうは教育したくないとも思っていた。 自分が帰らないことで どんなに寂しがっていることであろうと、 紫の女王のあたりが恋しかったが、 それはちょう…
源氏はまだつれづれさを紛らすことができなくて、 朝顔の女王へ、情味のある性質の人は 今日の自分を 哀れに思ってくれるであろうという頼みがあって手紙を書いた。 もう暗かったが使いを出したのである。 親しい交際はないが、 こんなふうに時たま手紙の来…
ただ一人の人がいなくなっただけであるが、 家の中の光明をことごとく失ったように だれもこのごろは思っているのである。 源氏は枯れた植え込みの草の中に 竜胆《りんどう》や撫子《なでしこ》の咲いているのを見て、 折らせたのを、中将が帰ったあとで、 …
「相逢相失両如夢《あひあひあひうしなふふたつながらゆめのごとし》、 為雨為雲今不知《あめとやなるくもとやなるいまはしらず》」 と口ずさみながら頬杖《ほおづえ》をついた源氏を、 女であれば先だって死んだ場合に魂は必ず離れて行くまいと 好色な心に…
日を取り越した法会《ほうえ》はもう済んだが、 正しく四十九日まではこの家で暮らそうと源氏はしていた。 過去に経験のない独り棲《ず》みをする源氏に同情して、 現在の三位《さんみ》中将は始終 訪ねて来て、 世間話も多くこの人から源氏に伝わった。 ま…
院はどう思召《おぼしめ》すだろう。 前皇太弟とは御同胞といっても取り分けお睦まじかった、 斎宮の将来のことも院へお頼みになって 東宮は御隠れになったので、 その時代には 第二の父になってやろうという仰せがたびたびあって、 そのまままた御所で 後宮…
平生よりもいっそうみごとに書かれた字であると 源氏はさすがにすぐに下へも置かれずにながめながらも、 素知らぬふりの慰問状であると思うと恨めしかった。 たとえあのことがあったとしても絶交するのは残酷である、 そしてまた名誉を傷つけることになって…
夜は帳台の中へ一人で寝た。 侍女たちが夜の宿直におおぜいでそれを巡ってすわっていても、 夫人のそばにいないことは限りもない寂しいことであった。 「時しもあれ 秋やは人の別るべき 有るを見るだに 恋しきものを」 こんな思いで源氏は寝ざめがちであった…
欠点の多い娘でも死んだあとでの親の悲しみは どれほど深いものかしれない、 まして母君のお失いになったのは、 貴女《きじょ》として 完全に近いほどの姫君なのであるから、 このお歎きは至極道理なことと申さねばならない。 ただ姫君が一人であるというこ…
淡鈍《うすにび》色の喪服を着るのも夢のような気がした。 もし自分が先に死んでいたら、 妻はこれよりも濃い色の喪服を着て 歎いているであろうと思っても また源氏の悲しみは湧き上がってくるのであった。 限りあれば うす墨衣浅けれど 涙ぞ袖を 淵《ふち…
「こんな老人になってから、 若盛りの娘に死なれて無力に私は泣いているじゃないか」 恥じてこう言って泣く大臣を悲しんで見ぬ人もなかった。 夜通しかかったほどの大がかりな儀式であったが、 終局は煙にすべく 遺骸を広い野に置いて来るだけの寂しいことに…
これまで物怪《もののけ》のために 一時的な仮死状態になったことも たびたびあったのを思って、 死者として枕を直すこともなく、 二、三日はなお病夫人として寝させて、 蘇生《そせい》を待っていたが、 時間はすでに亡骸《なきがら》であることを証明する…
秋の官吏の昇任の決まる日であったから、 大臣も参内したので、 子息たちもそれぞれの希望があって このごろは大臣のそばを離れまいとしているのであるから 皆続いてそのあとから出て行った。 いる人数が少なくなって、 邸内が静かになったころに、 葵の君は…
非常な美人である夫人が、衰弱しきって、 あるかないかのようになって寝ているのは 痛々しく可憐《かれん》であった。 少しの乱れもなくはらはらと枕にかかった髪の美しさは 男の魂を奪うだけの魅力があった。 なぜ自分は長い間この人を 飽き足らない感情を…
「御所などへあまり長く上がらないで気が済みませんから、 今日私ははじめてあなたから離れて行こうとするのですが、 せめて近い所に行って話をしてからにしたい。 あまりよそよそし過ぎます。こんなのでは」 と源氏は夫人へ取り次がせた。 「ほんとうにそう…