人間はあさましいものである、
もう自分は一夜だって
この人と別れていられようとも思えないと
源氏は思うのであった。
命ぜられた餠を惟光は
わざわざ夜ふけになるのを待って持って来た。
少納言のような年配な人に頼んでは
きまり悪くお思いになるだろうと、
そんな思いやりもして、
惟光は少納言の娘の弁という女房を呼び出した。
「これはまちがいなく御寝室のお枕もとへ
差し上げなければならない物なのですよ。
お頼みします。たしかに」
弁はちょっと不思議な気はしたが、
「私はまだ、
いいかげんなごまかしの必要なような交渉を
だれともしたことがありませんわ」
と言いながら受け取った。
「そうですよ、
今日はそんな不誠実とか何とかいう言葉を
慎まなければならなかったのですよ。
私ももう縁起のいい言葉だけをよって使います」
と惟光は言った。
若い弁は理由のわからぬ気持ちのままで、
主人の寝室の枕もとの几帳《きちょう》の下から、
三日の夜の餠のはいった器を中へ入れて行った。
この餠の説明も新夫人に源氏が自身でしたに違いない。
だれも何の気もつかなかったが、
翌朝その餠の箱が寝室から下げられた時に、
側近している女房たちにだけはうなずかれることがあった。
皿などもいつ用意したかと思うほど
見事な華足《けそく》付きであった。
餠もことにきれいに作られてあった。
少納言は感激して泣いていた。
結婚の形式を正しく踏んだ源氏の好意がうれしかったのである。
「それにしても私たちへそっとお言いつけになればよろしいのにね。
あの人が不思議に思わなかったでしょうかね」
とささやいていた。
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