2023-07-14から1日間の記事一覧
現代には二つの大きな勢力があって、 一つは太政大臣、 一つは源氏の内大臣がそれで、 この二人の意志で何事も断ぜられ、 何事も決せられるのであった。 権中納言の娘がその年の八月に後宮へはいった。 すべての世話は祖父の大臣がしていて はなやかな仕度《…
院は暢気《のんき》におなりあそばされて、 よくお好きの音楽の会などをあそばして 風流に暮らしておいでになった。 女御《にょご》も更衣《こうい》も御在位の時のままに侍しているが、 東宮の母君の女御だけは、 以前取り立てて御寵愛《ちょうあい》があっ…
五月の五日が五十日《いか》の祝いにあたるであろうと 源氏は人知れず数えていて、その式が思いやられ、 その子が恋しくてならないのであった。 紫の女王に生まれた子であったなら、 どんなにはなやかにそれらの式を 自分は行なってやったことであろうと残念…
別れの夕べに前の空を流れた塩焼きの煙のこと、 女の言った言葉、 ほんとうよりも控え目な女の容貌の批評、 名手らしい琴の弾きようなどを 忘られぬふうに源氏の語るのを聞いている女王は、 その時代に自分は一人で どんなに寂しい思いをしていたことであろ…
どんなにこの人が恋しかったろうと別居時代のことを思って、 おりおり書き合った手紙に どれほど悲しい言葉が盛られたものであろうと思い出していた源氏は、 明石の女のことなどはそれに比べて命のある恋愛でもないと思われた。 「子供に私が大騒ぎして使い…
夫人には明石の話をあまりしないのであるが、 ほかから聞こえて来て不快にさせてはと思って、 源氏は明石の君の出産の話をした。 「人生は意地の悪いものですね。 そうありたいと思うあなたにはできそうでなくて、 そんな所に子が生まれるなどとは。 しかも…
明石の君は感想を少し書いて、 一人して 撫《な》づるは袖《そで》の ほどなきに 覆《おほ》ふばかりの 蔭《かげ》をしぞ待つ と歌も添えて来た。 怪しいほど源氏は明石の子が心にかかって、 見たくてならぬ気がした。 ❄️雪花歌譚 written by のる❄️ 少納言…
若い母は幾月かの連続した物思いのため 衰弱したからだで出産をして、 なお命が続くものとも思っていなかったが、 この時に見せられた源氏の至誠にはおのずから慰められて、 力もついていくようであった。 送って来た侍に対しても入道は心をこめた歓待をした…
摂津の国境《くにざかい》までは船で、 それからは馬に乗って乳母は明石へ着いた。 入道は非常に喜んでこの一行を受け取った。 感激して京のほうを拝んだほどである。 そしていよいよ姫君は尊いものに思われた。 おそろしいほどたいせつなものに思われた。 …
京の間だけは車でやった。 親しい侍を一人つけて、 あくまでも秘密のうちに乳母《めのと》は送られたのである。 守り刀ようの姫君の物、若い母親への多くの贈り物等が 乳母に託されたのであった。 乳母にも十分の金品が支給されてあった。 源氏は入道がどん…
外出したついでに源氏はそっとわが子の新しい乳母の家へ寄った。 快諾を伝えてもらったのであるが、 なお女はどうしようかと煩悶《はんもん》していた所へ 源氏みずからが来てくれたので、 それで旅に出る心も慰んで、 あきらめもついた。 「御意のとおりに…
明石のような田舎に 相当な乳母《めのと》がありえようとは思われないので、 父帝の女房をしていた宣旨《せんじ》という女の娘で 父は宮内卿《くないきょう》宰相だった人であったが、 母にも死に別れ、寂しい生活をするうちに恋愛関係から 子供を生んだとい…
源氏は相人の言葉のよく合う実証として、 今帝の御即位が思われた。 后《きさき》が一人自分から生まれるということに 明石の報《しら》せが符合することから、 住吉《すみよし》の神の庇護《ひご》によって あの人も后の母になる運命から、 父の入道が自然…
源氏の運勢を占って、 子は三人で、 帝《みかど》と后《きさき》が生まれる、 いちばん劣った運命の子は太政大臣で、 人臣の位をきわめるであろう、 その中のいちばん低い女が女の子の母になるであろうと言われた。 また源氏が人臣として 最高の位置を占める…
二条の院の東に隣った邸《やしき》は 院の御遺産で源氏の所有になっているのを このごろ源氏は新しく改築させていた。 花散里《はなちるさと》などという恋人たちを住ませるための 設計をして造られているのである。 源氏は明石《あかし》の君の妊娠していた…
源氏は今も昔のとおりに老夫妻に好意を持っていて 何かの場合によく訪《たず》ねて行った。 若君の乳母 そのほかの女房も長い間そのままに勤めている者に、 厚く酬《むく》いてやることも源氏は忘れなかった。 幸せ者が多くできたわけである。 二条の院でも…
一時不遇なように見えた子息たちも浮かび出たようである。 その中でも宰相中将は権中納言になった。 四の君が生んだ今年十二になる姫君を 早くから後宮に擬して中納言は大事に育てていた。 以前二条の院につれられて来て高砂《たかさご》を歌った子も 元服さ…
この同じ月の二十幾日に譲位のことが行なわれた。 太后はお驚きになった。 「ふがいなく思召すでしょうが、 私はこうして静かにあなたへ御孝養がしたいのです」 と帝はお慰めになったのであった。 東宮には承香殿《じょうきょうでん》の女御のお生みした皇子…
翌年の二月に東宮の御元服があった。 十二でおありになるのであるが、 御年齢のわりには御大人《おんおとな》らしくて、 おきれいで、 ただ源氏の大納言の顔が二つできたようにお見えになった。 まぶしいほどの美を備えておいでになるのを、 世間ではおほめ…
帝は御容姿もおきれいで、 深く尚侍をお愛しになる御心は年月とともに顕著になるのを、 尚侍は知っていて、 源氏はすぐれた男であるが、 自分を思う愛はこれほどのものでなかったということも ようやく悟ることができてきては、 若い無分別さからあの大事件…
帝は近く御遜位《ごそんい》の思召しがあるのであるが、 尚侍《ないしのかみ》がたよりないふうに見えるのを 憐《あわ》れに思召した。 「大臣は亡《な》くなるし、 大宮も始終お悪いのに、 私さえも余命がないような気がしているのだから、 だれの保護も受…
羞恥に頬を染めているためにいっそうはなやかに、 愛嬌がこぼれるように見える尚侍も 涙を流しているのを御覧になると、 どんな罪も許すに余りあるように思召されて、 御愛情がそのほうへ傾くばかりであった。 「なぜあなたに子供ができないのだろう。 残念…
今日も重く煩っておいでになる太后は、 その中ででも源氏を不運に落としおおせなかったことを 口惜《くちお》しく思召《おぼしめ》すのであったが、 帝《みかど》は院の御遺言をお思いになって、 当時も報いが御自身の上へ落ちてくるような恐れを お感じにな…