「苦しいのにしいられた酒で私は困っています。
もったいないことですが こちらの宮様に
はかばっていただく縁故があると思いますから」
妻戸に添った御簾の下から上半身を少し源氏は中へ入れた。
「困ります。あなた様のような尊貴な御身分の方は
親類の縁故などをおっしゃるものではございませんでしょう」
と言う女の様子には、重々しさはないが、
ただの若い女房とは思われぬ品のよさと
美しい感じのあるのを 源氏は認めた。
薫物《たきもの》が煙いほどに焚《た》かれていて、
この室内に起《た》ち居《い》する女の
衣摺《きぬず》れの音が
はなやかなものに思われた。
奥ゆかしいところは欠けて、
派手な現代型の贅沢さが見えるのである。
令嬢たちが見物のためにこの辺へ出ているので、
妻戸がしめられてあったものらしい。
貴女《きじょ》がこんな所へ出ているというようなことに
賛意は表されなかったが、
さすがに若い源氏としておもしろいことに思われた。
この中のだれを恋人と見分けてよいのかと源氏の胸はとどろいた。
「扇を取られてからき目を見る」
(高麗人《こまうど》に帯を取られてからき目を見る)
戯談《じょうだん》らしくこう言って御簾に身を寄せていた。
「変わった高麗人《こまうど》なのね」
と言う一人は無関係な令嬢なのであろう。
何も言わずに時々|溜息《ためいき》の聞こえる人のいるほうへ
源氏は寄って行って、
几帳《きちょう》越しに手をとらえて、
「あづさ弓 いるさの山に まどふかな
ほの見し月の 影や見ゆると
なぜでしょう」
と当て推量に言うと、
その人も感情をおさえかねたか、
心いる 方《かた》なりませば 弓張《ゆみはり》の
月なき空に 迷はましやは
と返辞をした。
弘徽殿《こきでん》の月夜に聞いたのと同じ声である。
源氏はうれしくてならないのであるが。
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【源氏物語 第八帖 花宴 はなのえん】
如月に紫宸殿で催された桜花の宴で、
光源氏は頭中将らと共に漢詩を作り舞を披露した。
宴の後、朧月夜に誘われふと入り込んだ弘徽殿で、
源氏は廊下から聞こえる歌に耳を澄ます。
照りもせず 曇りも果てぬ 春の夜の
朧月夜に似るものぞなき
源氏はその歌を詠んでいた若い姫君と出逢い契りを交わす。
素性も知らぬままに扇を取り交わして別れた姫君こそ、
春宮への入内が決まっている右大臣の
六の君(朧月夜)だった。
一月後、
右大臣家の藤花の宴に招かれた源氏は
装いを凝らして訪れた。
右大臣にかなり呑まされ、
酔いを醒ますためその場を離れた源氏。
偶然通りかかったところで、
御簾のうちにいる六の君を発見。
歌を詠みかけるが(催馬楽「石川」)、
事情を知らない六の君の姉妹たちは
「おかしな高麗人がいるものね」と訝しがる。
ついに見つけ出した、
源氏はさりげなく姫君の手を握った。
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