2023-07-09から1日間の記事一覧
源氏物語343です 「帝王の深宮に育ちたまい、 もろもろの歓楽に驕《おご》りたまいしが、 絶大の愛を心に持ちたまい、 慈悲をあまねく日本国じゅうに垂《た》れたまい、 不幸なる者を救いたまえること数を知らず、 今何の報いにて風波の牲《にえ》となりたま…
「私はどんな罪を前生で犯して こうした悲しい目に逢《あ》うのだろう。 親たちにも逢えず かわいい妻子の顔も見ずに死なねばならぬとは」 こんなふうに言って歎く者がある。 源氏は心を静めて、 自分にはこの寂しい海辺で 命を落とさねばならぬ罪業《ざいご…
「ただ例のような雨が 少しの絶え間もなく降っておりまして、 その中に風も時々吹き出すというような日が 幾日も続くのでございますから、 それで皆様の御心配が始まったものだと存じます。 今度のように地の底までも通るような 荒い雹《ひょう》が降ったり…
二条の院のほうからその中を人が来た。 濡《ぬ》れ鼠《ねずみ》になった使いである。 雨具で何重にも身を固めているから、 途中で行き逢っても人間か何かわからぬ形をした、 まず奇怪な者として追い払わなければならない 下侍に親しみを感じる点だけでも、 …
まだ雨風はやまないし、 雷鳴が始終することも同じで幾日かたった。 今は極度に侘《わび》しい須磨の人たちであった。 今日までのことも明日からのことも心細いことばかりで、 源氏も冷静にはしていられなかった。 どうすればいいであろう、 京へ帰ることも…
【源氏物語 13帖 明石(あかし)】 連日のように続く、豪風雨。 源氏一行は眠れぬ日々を過ごしていた。 ある晩、二条院から紫の上の使いが訪れ、 紫の上からの文を読んだ源氏は 都でもこの豪風雨が発生している事を知る。 この悪天候のため、 厄除けの仁王会…
「こんなことに出あったことはない。 風の吹くことはあっても、 前から予告的に天気が悪くなるものであるが、 こんなににわかに暴風雨になるとは」 こんなことを言いながら山荘の人々は この天候を恐ろしがっていたが雷鳴もなおやまない。 雨の脚《あし》の…
八百《やほ》よろづ 神も憐《あは》れと 思ふらん 犯せる罪の それとなければ と源氏が歌い終わった時に、 風が吹き出して空が暗くなってきた。 御禊《みそぎ》の式もまだまったく終わっていなかったが 人々は立ち騒いだ。 肱笠雨《ひじがさあめ》というもの…
今年は三月の一日に巳《み》の日があった。 「今日です、お試みなさいませ。 不幸な目にあっている者が御禊《みそぎ》をすれば 必ず効果があるといわれる日でございます」 賢がって言う者があるので、 海の近くへ また一度行ってみたいと思ってもいた源氏は…
「これは形見だと思っていただきたい」 宰相も名高い品になっている笛を一つ置いて行った。 人目に立って問題になるようなことは 双方でしなかったのである。 上って来た日に帰りを急ぎ立てられる気がして、 宰相は顧みばかりしながら座を立って行くのを、 …
朝ぼらけの空を行く雁《かり》の列があった。 源氏は、 故郷《ふるさと》を 何《いづ》れの春か 行きて見ん 羨《うらや》ましきは 帰るかりがね と言った。 宰相は出て行く気がしないで、 飽かなくに 雁の常世《とこよ》を 立ち別れ 花の都に 道やまどはん …
終夜眠らずに語って、そして二人で詩も作った。 政府の威厳を無視したとはいうものの、 宰相も事は好まないふうで、 翌朝はもう別れて行く人になった。 好意がかえってあとの物思いを作らせると言ってもよい。 杯を手にしながら 「酔悲泪灑春杯裏 《ゑひのか…
山荘の馬を幾疋《ひき》も並べて、 それもここから見える倉とか納屋とかいう物から 取り出す稲を食わせていたりするのが源氏にも客にも珍しかった。 催馬楽《さいばら》の飛鳥井《あすかい》を二人で歌ってから、 源氏の不在中の京の話を泣きもし、笑いもし…
室内の用具も簡単な物ばかりで、 起臥《きが》する部屋も 客の座から残らず見えるのである。 碁盤、双六《すごろく》の盤、 弾棊《たぎ》の具なども 田舎《いなか》風のそまつにできた物が置かれてあった。 数珠《じゅず》などがさっきまで 仏勤めがされてい…
源氏が日を暮らし侘《わ》びているころ、 須磨の謫居《たっきょ》へ左大臣家の三位中将が訪ねて来た。 現在は参議になっていて、 名門の公子でりっぱな人物であるから 世間から信頼されていることも格別なのであるが、 その人自身は今の社会の空気が気に入ら…
須磨は日の永い春になって つれづれを覚える時間が多くなった上に、 去年植えた若木の桜の花が咲き始めたのにも、 霞《かす》んだ空の色にも京が思い出されて、 源氏の泣く日が多かった。 二月二十幾日である、 去年京を出た時に心苦しかった人たちの様子が …
この娘はすぐれた容貌を持っているのではないが、 優雅な上品な女で、 見識の備わっている点などは貴族の娘にも劣らなかった。 境遇をみずから知って、 上流の男は自分を眼中にも置かないであろうし、 それかといって身分相当な男とは結婚をしようと思わない…
「なぜそうしなければならないのでしょう。 どんなにごりっぱな方でも 娘のはじめての結婚に罪があって 流されて来ていらっしゃる方を 婿にしようなどと、私はそんな気がしません。 それも愛してくださればよろしゅうございますが、 そんなことは想像もされ…
「それはたいへんまちがったお考えですよ。 あの方はりっぱな奥様を何人も持っていらっしって、 その上陛下の御愛人をお盗みになったことが問題になって 失脚をなすったのでしょう。 そんな方が田舎育ちの娘などを眼中にお置きになるものですか」 と妻は言っ…
明石の浦は這《は》ってでも行けるほどの近さであったから、 良清朝臣《よしきよあそん》は 明石の入道の娘を思い出して手紙を書いて送ったりしたが 返書は来なかった。 父親の入道から相談したいことがあるから ちょっと逢いに来てほしいと言って来た。 求…
源氏は 「胡角一声霜後夢《こかくいっせいそうごのゆめ》」と 王昭君《おうしょうくん》を歌った詩の句が口に上った。 月光が明るくて、狭い家は奥の隅々《すみずみ》まで顕《あら》わに見えた。 深夜の空が縁側の上にあった。 もう落ちるのに近い月がすごい…
近所で時々煙の立つのを、 これが海人《あま》の塩を焼く煙なのであろうと 源氏は長い間思っていたが、 それは山荘の後ろの山で柴《しば》を燻《く》べている煙であった。 これを聞いた時の作、 山がつの 庵《いほり》に 焚《た》けるしば しばも言問ひ 来な…