白拍子《しらびょうし》の、ひときわ衆に抜きん出た姉妹があった。
その母も刀自《とじ》と呼ばれ、昔、白拍子であった。
清盛が目をつけたのは、姉の妓王で、片時も傍を離さずに寵愛していた。
おかげで、母親も妹も、家を建てて貰ったり人にちやほやされて、
結構な暮しをしていた。
白拍子というのは、鳥羽天皇の時代に、男装の麗人が、水干《すいかん》、
立烏帽子《たてえぼし》で舞を舞ったのが始りとされているが、
それがいつか、
水干だけをつけて踊る舞姫たちを白拍子と呼ぶようになったのである。
京の白拍子たちは、玉の輿にのった同性の幸福を羨やんだり、ねたんだり、
中には、せめてその幸せにあやかりたいものと、妓王の妓をとって、
妓一、妓二などと名前を変える者まで出るほどの評判であった。
その間にも、月日はいつか過ぎて、三年ばかり経った頃、
加賀国《かがのくに》の生れだと名乗る一人の年若い白拍子が、
彗星《すいせい》のように現れた。
仏《ほとけ》という変った名前を持つ、
まだ十六歳のうら若い乙女《おとめ》であった。
この娘の舞を見た者は、優雅な姿態と、
さす手、ひく手の巧みさに魅せられて、
異口同音に、その素晴しさを賞《ほ》め讃《たた》えるので、
たちまち京の街の人気をかっさらってしまった。
ぽっと出の田舎《いなか》娘が、
これほどの成功をかち得たのだから、満足してもよさそうなものなのに、
欲望と野心は際限のないものである。
仏は、自分を天下人である清盛に見て貰いたいと言い出したのである。
「私の名もこれほど宣伝されてるし、清盛様だって噂ぐらい聞いてる筈なのに、
一度も招《よ》ぼうとしないんだから、待ってたってしようがないわ、
どうせ、私たちは芸人で、芸を売るのが商売なんだから、
押しかけたってかまうものですか」
若いだけに度胸が良い。
思い立つと仏は、早速、紹介状もなしに清盛の邸へやってきたのである。
今をときめく人気スターの訪問に、家来の方が喜んでしまった。
「今評判の仏御前が、参りました」
といそいそと、清盛に取次いだ。
「何、仏?」
清盛だって、名前ぐらいは、とっくに耳に入っているくせに、
どこの仏が来たと言わんばかりの意地の悪い顔つきで家来をにらみ据えた。
「それが、例の人気者の白拍子、仏御前の事でして」
「バカ者めが」
清盛は大喝《だいかつ》した。
「どこの仏か神か知らないが、
招ばれもしないでのこのこやってくるとは、何たる身の程知らずの女だ。
第一、この清盛には、れっきとした妓王という白拍子がいるのを、
知らんことはないだろう。
とにかく、そういう、押し売りみたいな奴には用はないんだ、
とっとと追い出してしまえ」
つむじを曲げたら、てこでもきかないという清盛が、
頭に湯気を立てて怒っているのだから、
家来も驚いて、青くなって出ていってしまった。
側で終始、清盛の腹立を、はらはらしながら見ていた妓王は、
元来が、気質のやさしい女である。
興奮の鎮《しず》まるのを待って、それとなくとりなしにかかった。
「そんなに私の事を大事にしていただきまして、
何とお礼も申しようもないくらいですけど、
でもねえ、芸人なんてものは、売りこみが、出世の第一なんですからねえ、
それに聞けばまだ若い子らしいし、
何だか、私も昔を想い出しちゃって身につまされてきますわ。
一寸でも逢ってやるだけで、良いじゃありませんか?
あれじゃ、余り身もふたもありませんわ、もう一度、思い直して下さいません?」
興奮がさめてみると、清盛にしても、
余り大人気《おとなげ》ないやり方で、一寸恥ずかしい気がしないでもない。
その上、可愛い女に、やんわり口説《くど》かれれば、
そこはそれ、男の弱味で、強いて反対もできないものらしい。
🪷🎼#desperation written by #のる
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