邸を出ようとしていた仏は、たちまち呼び返されて、
清盛の前に連れて来られた。逢ってみると、
何せ、今をときめく白拍子である。
年は若いし、器量は良いし、その上、持ち前の度胸のよさで、
清盛の前に出ても、ハキハキと受け答えする様子が、
いかにも溌剌《はつらつ》としていて、
かつてない新鮮な色気を感じさせる。
「今様《いまよう》でも歌ってみろ」
といわれれば、
「殿に逢えた嬉しさに、私の命も伸びるでしょう」
と、臆する色もなく、受け答えをしてから、
目出度い歌を口ずさむ機転の良さに、
清盛の気持も次第に和《なご》やかになってきた。
「歌がうまいのなら、舞うのもうまそうだな、一つみせてくれないか。
おい、こら、誰か鼓打《つづみうち》を呼べ」
さっきの怒りもどこへやら、いつか一座は、
陽気なざわめきに満されていった。
仏の舞姿は、一段と又みごとであった。
あでやかな姿形、豊かな声量、巧みな歌いっ振りに、
いつか、清盛の目は仏に釘付《くぎづ》けになっている。
ひとさし舞い終ったとき、仏を見てほっと我に返った清盛は、
門前払いを喰《くら》わせたことなぞ、とうの昔に忘れたように、
仏の袖をとらえて、口説き出すのである。
予想以上の上首尾は、嬉しいけれど、
さすがに仏も、それほど、厚顔無恥な女ではなかった。
「いいえ、それはいけません、とにかく、
私は、妓王様がいらっしゃらなければお目通りもできなかったんですもの。
そればかりは、いくら私だって恥ずかしくて」
仏の拒否に遭って、清盛の執着は、一層つのってきた。
「何も、そんな、遠慮することはないではないか。
だがな、お前が、
妓王のいるためにそういうことをいい出すんだったら、
妓王をくびにしちまえば良いんだろう。そうだ、それがいい」
「とんでもない」
清盛のとっさの思い付きに、仏は一層驚いた。
「一緒にご寵愛をうけるのさえ、気がひけるというのに、
そんな、恩人を追い出して、
私が居坐るなんてことがどうしてできましょう、
とにかく今日のところはこのまま返して下さい」
「いや、わしはお前が一目で、好きになったんだ、
どうあっても、お前はわしのものにする。
それより妓王、何だ、まだそんなところにうろうろしおって、
お前は早くあっちへゆけ」
清盛は、その場を去る事もならず、目のやり場に困って、
隅にかしこまっている妓王に、
情《なさけ》、容赦《ようしゃ》のない言葉を浴びせかけた。
もともと、気の変りやすい清盛の許に奉公して、
いつかは、こういう目にも遭おうかと折につけては想像していたものの、
余りにも早くやってきた破局の意外さに、
妓王は言葉もなく、涙ぐむばかりである。
思い立ったら、赤児よりも始末の悪い清盛のことだから、
口答えなどはしたくともできず、
妓王は、三年の間、なれ親しんだ西八条の住居に別れを告げたのであった。
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