貴婦人としての資格を十分に備えながら、
情味に欠けた強い性格から、
自身はそれほどに憎んではいなかったであろうが、
そうした一人の男を巡って
愛の生活をしている人たちの間は
また一種の愛で
他を見るものであることを知らない女主人の意志に
習って付き添った人間が御息所を侮辱したに違いない、
見識のある上品な貴女である御息所は
どんなにいやな気がさせられたであろうと
気の毒に思ってすぐに訪問したが、
斎宮がまだ邸《やしき》においでになるから、
神への遠慮という口実で逢《あ》ってくれなかった。
源氏には自身までもが恨めしくてならない、
現在の御息所の心理はわかっていながらも、
どちらもこんなに自己を主張するようなことがなくて
柔らかに心が持てないのであろうかと歎息《たんそく》されるのであった。
祭りの日の源氏は左大臣家へ行かずに二条の院にいた。
そして町へ見物に出て見る気になっていたのである。
西の対へ行って、惟光《これみつ》に車の用意を命じた。
「女連も見物に出ますか」
と言いながら、
源氏は美しく装うた紫の姫君の姿を笑顔でながめていた。
「あなたはぜひおいでなさい。私がいっしょにつれて行きましょうね」
平生よりも美しく見える少女の髪を手でなでて、
「先を久しく切らなかったね。今日は髪そぎによい日だろう」
源氏はこう言って、
陰陽道《おんみょうどう》の調べ役を呼んでよい時間を聞いたりしながら、
「女房たちは先に出かけるといい」
と言っていた。
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【第十帖 葵(あおい)】
桐壺帝が譲位し、源氏の兄の朱雀帝が即位する。
藤壺中宮の若宮が東宮となり、
源氏は東宮の後見人となる。
また、六条御息所と前東宮の娘
(後の秋好中宮)が斎宮となった。
賀茂祭の御禊(賀茂斎院が加茂川の河原で禊する)の日、
源氏も供奉のため参列する。
その姿を見ようと
身分を隠して見物していた六条御息所の一行は、
同じくその当時懐妊して体調が悪く
気晴らしに見物に来ていた源氏の正妻・葵の上の一行と、
見物の場所をめぐっての車争いを起こす。
葵の上の一行の権勢にまかせた乱暴によって
六条御息所の牛車は破損、
御息所は見物人であふれる一条大路で
恥をかかされてしまう。
大臣の娘で元東宮妃である御息所にとって
これは耐え難い屈辱で、彼女は葵の上を深く恨んだ。
役目を終え、左大臣邸に行った源氏は、
事の一部始終を聞かされ驚愕。
御息所の屋敷へ謝罪に向かうが、門前払いされた。
勅使の役目を終え、久々の休日。
源氏は紫の君を伴い、賀茂祭へ。
相変わらずの混雑振りに、
惟光は牛車を停める場所を探すのに難儀していたが、
そこへ手招きする別の牛車が。
場所を譲ってくれた礼を言おうと、
顔を覗き込んだら、車の主は源典侍だった。
がっくりする源氏。
その後葵の上は、病の床についてしまう。
それは六条御息所の生霊の仕業だった。
源氏も苦しむ葵の上に付き添ったが、
看病中に御息所の生霊を目撃してしまい愕然とする。
8月の中ごろに葵の上は難産のすえ男子(夕霧)を出産するが、
数日後の秋の司召の夜に容体が急変し亡くなった。
同じ頃。御息所は、いく度髪を洗っても衣を変えても、
自身の体に染み付いた魔除けの芥子の香りが消えないことに、
愕然としていた。
女房からの知らせで、葵の上の訃報を知り、青ざめる。
火葬と葬儀は8月20日過ぎに行われた。
葵の上の四十九日が済んだ後、
源氏は夕霧の養育を左大臣家に託した。
源氏は二条院に戻り、
美しく成長した紫の君と密かに結婚する。
突然のことに紫の上は衝撃を受けて
すっかりふさぎこみ口をきこうともしなかったが、
源氏はこれを機に彼女の素性を父兵部卿宮と
世間に公表することにした。
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