行列に参加した人々は
皆 分相応に美しい装いで身を飾っている中でも
高官は高官らしい光を負っていると見えたが、
源氏に比べるとだれも見栄えがなかったようである。
大将の臨時の随身を、
殿上にも勤める近衛の尉《じょう》が
するようなことは例の少ないことで、
何かの晴れの行幸などばかりに許されることであったが、
今日は蔵人《くろうど》を兼ねた右近衛《うこんえ》の尉が
源氏に従っていた。
そのほかの随身も顔姿ともによい者ばかりが選ばれてあって、
源氏が世の中で重んぜられていることは、
こんな時にもよく見えた。
この人にはなびかぬ草木もないこの世であった。
壺装束《つぼしょうぞく》といって頭の髪の上から上着をつけた、
相当な身分の女たちや尼さんなども、
群集の中に倒れかかるようになって見物していた。
平生こんな場合に尼などを見ると、
世捨て人がどうしてあんなことをするかと醜く思われるのであるが、
今日だけは道理である。
光源氏を見ようとするのだからと同情を引いた。
着物の背中を髪でふくらませた、卑しい女とか、
労働者階級の者までも皆手を額に当てて源氏を仰いで見て、
自身が笑えばどんなおかしい顔になるかも知らずに喜んでいた。
また源氏の注意を惹《ひ》くはずもない
ちょっとした地方官の娘なども、
せいいっぱいに装った車に乗って、
気どったふうで見物しているとか、
こんないろいろな物で一条の大路《おおじ》はうずまっていた。
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【第十帖 葵(あおい)】
桐壺帝が譲位し、源氏の兄の朱雀帝が即位する。
藤壺中宮の若宮が東宮となり、
源氏は東宮の後見人となる。
また、六条御息所と前東宮の娘
(後の秋好中宮)が斎宮となった。
賀茂祭の御禊(賀茂斎院が加茂川の河原で禊する)の日、
源氏も供奉のため参列する。
その姿を見ようと
身分を隠して見物していた六条御息所の一行は、
同じくその当時懐妊して体調が悪く
気晴らしに見物に来ていた源氏の正妻・葵の上の一行と、
見物の場所をめぐっての車争いを起こす。
葵の上の一行の権勢にまかせた乱暴によって
六条御息所の牛車は破損、
御息所は見物人であふれる一条大路で
恥をかかされてしまう。
大臣の娘で元東宮妃である御息所にとって
これは耐え難い屈辱で、彼女は葵の上を深く恨んだ。
役目を終え、左大臣邸に行った源氏は、
事の一部始終を聞かされ驚愕。
御息所の屋敷へ謝罪に向かうが、門前払いされた。
勅使の役目を終え、久々の休日。
源氏は紫の君を伴い、賀茂祭へ。
相変わらずの混雑振りに、
惟光は牛車を停める場所を探すのに難儀していたが、
そこへ手招きする別の牛車が。
場所を譲ってくれた礼を言おうと、
顔を覗き込んだら、車の主は源典侍だった。
がっくりする源氏。
その後葵の上は、病の床についてしまう。
それは六条御息所の生霊の仕業だった。
源氏も苦しむ葵の上に付き添ったが、
看病中に御息所の生霊を目撃してしまい愕然とする。
8月の中ごろに葵の上は難産のすえ男子(夕霧)を出産するが、
数日後の秋の司召の夜に容体が急変し亡くなった。
同じ頃。御息所は、いく度髪を洗っても衣を変えても、
自身の体に染み付いた魔除けの芥子の香りが消えないことに、
愕然としていた。
女房からの知らせで、葵の上の訃報を知り、青ざめる。
火葬と葬儀は8月20日過ぎに行われた。
葵の上の四十九日が済んだ後、
源氏は夕霧の養育を左大臣家に託した。
源氏は二条院に戻り、
美しく成長した紫の君と密かに結婚する。
突然のことに紫の上は衝撃を受けて
すっかりふさぎこみ口をきこうともしなかったが、
源氏はこれを機に彼女の素性を父兵部卿宮と
世間に公表することにした。
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