思い出してさえあまりに今と遠くて心細くなるばかりなのですが、
うれしい方がおいでになりましたね。
『親なしに臥《ふ》せる旅人』と思ってください」
と言いながら、御簾のほうへからだを寄せる源氏に、
典侍《ないしのすけ》はいっそう昔が帰って来た気がして、
今も好色女らしく、
歯の少なくなった曲がった口もとも想像される声で、
甘えかかろうとしていた。
「とうとうこんなになってしまったじゃありませんか」
などとおくめんなしに言う。
今はじめて老衰にあったような口ぶりであるとおかしく源氏は思いながらも、
一面では哀れなことに予期もせず触れた気もした。
この女が若盛りのころの後宮《こうきゅう》の女御《にょご》、
更衣《こうい》はどうなったかというと、
みじめなふうになって生き長らえている人もあるであろうが大部分は故人である。
入道の宮などのお年はどうであろう、
この人の半分にも足らないでお崩《かく》れになったではないか、
はかないのが姿である人生であるからと源氏は思いながらも、
人格がいいともいえない、
ふしだらな女が長生きをして気楽に仏勤めをして暮らすようなことも
不定《ふじょう》と仏のお教えになったこの世の相であると、
こんなふうに感じて、
気分がしんみりとしてきたのを、
典侍は自身の魅力の反映が源氏に現われてきたものと解して、若々しく言う。
年経《ふ》れど この契りこそ 忘られね
親の親とか 言ひし一こと
源氏は悪感《おかん》を覚えて、
「身を変へて 後《あと》も待ち見よ この世にて
親を忘るる ためしありやと
頼もしい縁ですよ。そのうちにまた」
と言って立ってしまった。
🌸🎼#おばあちゃんの家 written by#のる
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