2023-07-08から1日間の記事一覧
二条の院の姫君は時がたてばたつほど、 悲しむ度も深くなっていった。 東の対にいた女房もこちらへ移された初めは、 自尊心の多い彼女たちであるから、たいしたこともなくて、 ただ源氏が特別に心を惹かれているだけの女性であろうと 女王を考えていたが、 …
源氏の御弟の宮たちそのほか親しかった高官たちは 初めのころしきりに源氏と文通をしたものである。 人の身にしむ詩歌が取りかわされて、 それらの源氏の作が世上にほめられることは 非常に太后のお気に召さないことであった。 「勅勘を受けた人というものは…
京では月日のたつにしたがって 光源氏のない寂寥《せきりょう》を多く感じた。 陛下もそのお一人であった。 まして東宮は常に源氏を恋しく思召《おぼしめ》して、 人の見ぬ時には泣いておいでになるのを、 乳母《めのと》たちは哀れに拝見していた。 王命婦…
五節《ごせち》の君は人に隠れて源氏へ手紙を送った。 琴の音に ひきとめらるる 綱手縄《つなてなは》 たゆたふ心 君知るらめや 音楽の横好きをお笑いくださいますな。 と書かれてあるのを、 源氏は微笑しながらながめていた。 若い娘のきまり悪そうなところ…
大弐は源氏へ挨拶《あいさつ》をした。 「はるかな田舎《いなか》から上ってまいりました私は、 京へ着けばまず伺候いたしまして、 あなた様から都のお話を伺わせていただきますことを 空想したものでございました。 意外な政変のために御隠栖になっておりま…
このころに九州の長官の大弐《だいに》が上って来た。 大きな勢力を持っていて一門郎党の数が多く、 また娘たくさんな大弐ででもあったから、 婦人たちにだけ船の旅をさせた。 そして所々で陸を行く男たちと海の一行とが合流して 名所の見物をしながら来たの…
この月を入道の宮が 「霧や隔つる」とお言いになった去年の秋が恋しく、 それからそれへといろいろな場合の初恋人への思い出に心が動いて、 しまいには声を立てて源氏は泣いた。 「もうよほど更《ふ》けました」 と言う者があっても源氏は寝室へはいろうとし…
初雁《はつかり》は 恋しき人の つらなれや 旅の空飛ぶ声の悲しき と源氏が言う。 良清《よしきよ》、 かきつらね 昔のことぞ 思ほゆる 雁はそのよの友ならねども 民部大輔《みんぶたゆう》惟光《これみつ》、 心から 常世《とこよ》を捨てて 鳴く雁を 雲の…
美しい源氏と暮らしていることを無上の幸福に思って、 四、五人はいつも離れずに付き添っていた。 庭の秋草の花のいろいろに咲き乱れた夕方に、 海の見える廊のほうへ出てながめている源氏の美しさは、 あたりの物が皆 素描《あらがき》の画《え》のような寂…
自分一人のために、 親兄弟も愛人もあって離れがたい故郷に別れて漂泊の人に 彼らはなっているのであると思うと、 自分の深い物思いに落ちたりしていることは、 その上彼らを心細がらせることであろうと源氏は思って、 昼間は皆といっしょに戯談《じょうだん…
秋風が須磨の里を吹くころになった。 海は少し遠いのであるが、 須磨の関も越えるほどの秋の波が立つと行平が歌った波の音が、 夜はことに高く響いてきて、 堪えがたく寂しいものは謫居《たっきょ》の秋であった。 居間に近く宿直《とのい》している少数の者…
「今まで私に男の子のないのが寂しい。 東宮を院のお言葉どおりに 自分の子のように私は考えているのだが、 いろいろな人間が間にいて、 私の愛が徹底しないから心苦しくてならない」 などとお語りになる。 御意志によらない政治を行なう者があって、 それを…
音楽の合奏を侍臣たちにさせておいでになる時に、 帝は尚侍へ、 「あの人がいないことは寂しいことだ。 私でもそう思うのだから、 ほかにはもっと痛切にそう思われる人があるだろう。 何の上にも光というものがなくなった気がする」 と仰せられるのであった…
花散里《はなちるさと》も悲しい心を書き送って来た。 どれにも個性が見えて、 恋人の手紙は源氏を慰めぬものもないが、 また物思いの催される種《たね》ともなるのである。 荒れまさる 軒のしのぶを眺めつつ 繁《しげ》くも露のかかる袖かな と歌っている花…