故院の花の宴の日のことが思われ、
当時の中宮《ちゅうぐう》が思われた。
「今年ばかりは」(墨染めに咲け)
と口ずさまれるのであった。
人が不審を起こすであろうことをはばかって、
念誦《ねんず》堂に引きこもって終日源氏は泣いていた。
はなやかに春の夕日がさして、
はるかな山の頂《いただき》の
立ち木の姿もあざやかに見える下を、
薄く流れて行く雲が鈍《にび》色であった。
何一つも源氏の心を惹《ひ》くものもないころであったが、
これだけは身に沁《し》んでながめられた。
入り日さす 峯にたなびく 薄雲は
物思ふ袖《そで》に色やまがへる
これはだれも知らぬ源氏の歌である。
寡黙な揺り篭 written by 稿屋 隆
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