中川辺を通って行くと、
小さいながら庭木の繁りようなどのおもしろく見える家で、
よい音のする琴を和琴《わごん》に合わせて派手に弾く音がした。
源氏はちょっと心が惹かれて、
往来にも近い建物のことであるから、
なおよく聞こうと、
少しからだを車から出してながめて見ると、
その家の大木の桂カツラの葉のにおいが風に送られて来て、
加茂の祭りのころが思われた。
なんとなく好奇心の惹かれる家であると思って、
考えてみると、
それはただ一度だけ来たことのある女の家であった。
長く省みなかった自分が訪ねて行っても、
もう忘れているかもしれないがなどと思いながらも、
通り過ぎる気にはなれないで、
じっとその家を見ている時に杜鵑《ほととぎす》が
啼《な》いて通った。
源氏に何事かを促すようであったから、
車を引き返させて、
こんな役に馴れた惟光《これみつ》を使いにやった。
をちかへりえぞ 忍ばれぬ杜鵑ホトトギス
ほの語らひし 宿の垣根《かきね》に
この歌を言わせたのである。
惟光がはいって行くと、
この家の寝殿ともいうような所の西の端の座敷に女房たちが集まって、
何か話をしていた。
以前にもこうした使いに来て、
聞き覚えのある声であったから、
惟光は声をかけてから源氏の歌を伝えた。
座敷の中で若い女房たちらしい声で何かささやいている。
だれの訪れであるかがわからないらしい。
【源氏物語 第十一帖 花散里(はなちるさと)】
光源氏25歳夏の話。
五月雨の頃、
源氏は故桐壺院の妃の一人麗景殿女御を訪ねる。
妹の三の君(花散里)は源氏の恋人で、
姉妹は院の没後源氏の庇護を頼りに
ひっそりと暮らしていた。
訪問の途中、
かつて会った中川の女の元に歌を詠みかけるが、
既に心変わりしてしまったのかやんわりと拒絶される。
女御の邸は橘の花が香り、
昔を忍ばせるほととぎすの声に
源氏は女御としみじみと昔話を語り合い、
その後そっと三の君を訪れた。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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