大挙して山を下るという噂《うわさ》が拡がった。
この時誰がいい出したのか、
「何でも、後白河院が、平家追討を叡山の坊主に申付けられたって話だぞ」
といったたぐいの噂が、まことしやかに、
人の口から口へと語り継がれていった。
慌《あわ》てた平家方は、御所の囲りをがんじがらめに警戒し、
一門は六波羅に集って、善後策を協議することになった。
慌てたのは、後白河院も同じである。
日頃から、平家の専横を快く思っていないだけに、
アリバイが危いとばかり、早速、車をとばして、
これも又六波羅へかけつけた。
何が何だかわからないから、清盛も不安で仕方がない。
日頃から、沈着冷静を以て聞える重盛だけが、
「そんなばかなことがあるもんか」
といって皆をなだめて廻っているが、
目に見えない不安に脅かされた人達は、
重盛の言葉にも耳を借そうとしなかった。
六波羅が、てんでに右往左往している間に、
叡山の僧兵は、六波羅には、見向きもせず、
清水《きよみず》寺へ押し寄せて、またたく間に焼き払ってしまった。
とにかくあっという間の出来事で、
どうもこれが、例の額打の仕返しとも思われるやり方であった。
坊主達が山に引き揚げて、
漸く京の街にも生色が蘇《よみが》えってきたので、
後白河院も、六波羅をあとにされた。
平家側からお供は重盛唯一人つき従った。
「どうも、今度の後白河院の行動はふに落ちんところがあるな」
任を果して帰ってきた重盛に、清盛が口火をきった。
「前から、くさいくさいと思っていたんだが、
とにかくあの人は、
余り我々のことをよくは思っていないんだから、
お前なんか、うまくまるめこまれて、利用されてるんじゃないのか?」
「まったく父上は、何でもずけずけいうんですなあ、
そういうことは、私だから良いようなものの、
他人の前では言わない方がいいですよ。
とにかく、余計な事を考える前に、もう少し行ないを慎んで、
人にも親切にしてやるんですな」
日頃、余りに傍若無人な父の行為に腹立ちを感じていた重盛は、
ずけずけと、言いにくい事までいってのけた。
「全く、あいつはくそ度胸の良い男だ」
清盛は、つくづくそう思った。
一方後白河院の方でも、一党の面々が集って、
この度の、妙な噂の出どころに就て、話が持ちあがっていた。
「どうも話がおかしいよ。
平家追放なんて夢にも考えたこともないのになあ」
院としては、極力、身の潔白を証明したいところである。
けげんなお顔でそういうと、
傍に控えていた西光法師《さいこうほうし》という男が、
何食わぬ顔で、
「これも皆、天の配慮ですよ、
とにかく平家の奴らは目にあまりますからね」
と、深刻な表情をしていったので、
聞いている一座の者も一寸気味が悪く、
それこそ、これが禿童《かぶろ》に聞かれでもしたらと、
みんな背筋に粟《あわ》のたつ思いをしていた。
🔥🎼#Myths written by #稿屋 隆
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