宮様の挨拶を女房が取り次いで来た。
「今日だけはどうしても昔を忘れていなければならないと
辛抱しているのですが、
御訪問くださいましたことでかえって
その努力がむだになってしまいました」
それから、また、
「昔からこちらで作らせますお召し物も、
あれからのちは 涙で私の視力も曖昧なんですから
不出来にばかりなりましたが、
今日だけはこんなものでもお着かえくださいませ」
と言って、掛けてある物のほかに、
非常に凝った美しい衣裳一|揃《そろ》いが贈られた。
当然今日の着料になる物としてお作らせになった下襲は、
色も織り方も普通の品ではなかった。
着ねば力をお落としになるであろうと思って
源氏はすぐに下襲をそれに変えた。
もし自分が来なかったら失望あそばしたであろうと思うと
心苦しくてならないものがあった。
お返辞の挨拶は、
「春の参りましたしるしに、
当然参るべき私がお目にかかりに出たのですが、
あまりにいろいろなことが思い出されまして、
お話を伺いに上がれません。
あまたとし 今日改めし色ごろも
きては涙ぞ 降るここちする
自分をおさえる力もないのでございます」
と取り次がせた。
宮から、
新しき 年ともいはず 降るものは
ふりぬる人の 涙なりけり
という御返歌があった。
どんなにお悲しかったことであろう。
(訳注) 源氏二十二歳より二十三歳まで。
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