こう機嫌を直すと、
彼らは衆の中では最も衆を明るくする特性を持っていた。
——一時はどうなることかと恐れ、
また彼らの体臭に近づきかねていた男女も、
みるみるうちに、彼らのとぼけや冗談に巻きこまれて、
舟は和気藹々《あいあい》な囀《さえず》りを乗せて、
大河の午後をなお溯《のぼ》っている。
「なアみんな、俺たちも悪かったが、
日がな一日、舟の中じゃ、
何ぼ何でも飽々《あきあき》するじゃねえか。
——たとえばよ、俺たち貧乏人の小伜ときたら、
何を望もうとしても、生れ落ちた莚《むしろ》からは、
身うごきも出来ねえ今の世の中と同じようなもンだろうぜ、
この舟は」
すっかり乗客と仲よくなったつもりの彼らは、
あたりの人にまでやたらに酒をすすめたりなどしながら、
ここは大河の中とばかり、
言いたい三昧《ざんまい》の舌を振るい出した。
「ええおい。世間の奴らは、
よく俺たちを鼻つまみにしやがるが、
いったい、
俺たちを人非人《ひとでなし》みたいにいう奴らの方は、
どうなんだと訊きてえんだ」
そこらから始まって。
「上役人は、賄賂《わいろ》の取り放題だし、
坊主は強訴《ごうそ》と我欲のほかはねえ金襴《きんらん》の化け物だ。
地頭は年貢いじめにもすぐ太刀の反《そ》りを見せ、
妾囲いと田楽踊りをいいことにしていやアがる。
去年の元亨《げんこう》元年の夏は、
近年の大飢饉ともいわれたのに、
いったい公卿の行き仆れや武家の飢死が一人でもあったかい。
……ええおい、そこで乳呑みを抱いている女衆よ。
おめえの乳房なども、いくら絞ったッて、
赤子の口には一《ひ》と雫《しずく》も垂れはしめえが」
口吻の裏には、いくぶん、
さっきの相手だった公卿主従への面当てもあるような調子だった。
さすが、これは耳障《みみざわ》りであったらしい。
鷹野姿の公卿は、せっかくの読書を止め、
それをふところに仕舞うと、
自分の方から無頼の仲間へ呼びかけた。
「これこれ、そこな若雑《わかぞう》ども、
おもしろいことを申したな」
「へえ、面白いとお聞きでございましたか」
「むむ。いったい誰が、そちの申したように、
賄賂を貪《むさぼ》りおるだろうか」
「へへへへ。誰がって、数えきれたもンじゃございません。
小物大物、まああなたさまがたの方が、
よくご存じでございましょう」
「さよう。では、わしの方から話してつかわそうか」
「ぜひ、ひとつ」
「よろしい。舟にも書物にも、わしも折ふし飽いたところだ。
談義してつかわす程に、その酒を一碗、これへ持ってまいれ」
「えっ、仲間どものこの酒を、
召上がって下さると仰っしゃいますか? ……」
公卿もさまざま。
さても風変りな公卿を見るものかな。
——こなたの足利又太郎は、
舟べりに凭《もた》せていた身を起して、
思わずその者の鮮烈な存在へ、好奇な眼を凝《こ》らしてしまった。
「……うまい」
と、一碗の酒を、見事、
息をつかずに飲みほした当の若公卿は、
気を呑まれている無頼の若雑たちへ向って、さらに、
「もう一献酌いで欲しいぞ。なみなみと酌いでおくりゃれ」
と、ほほ笑んでいう。
それをも、ぐっと干すと、
さすが頭巾笠のうちの眼もともほんのり桜色に染まった。
さて、約束の談義とは、
それからの気概りんりんたるものだった。
🛥️🎼儀来河内 written by 秦暁
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