google.com, pub-8944455872984568, DIRECT, f08c47fec0942fa0

源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【私本太平記22 第1巻 大きな御手14〈みて〉】しずかな姿には、 どことなく、武人の骨ぐみが出来ている。 少しも体に隙がない。 公卿が 日頃に武技の鍛錬もしているという世は いったい何を語るものか。

「さても、あのあと、どうなったかな?」

「最前の舟の出来事で」

「さればよ。あの若公卿の演舌など、

もすこし聞いていたかった。惜しいことを」

「まことに、

異態《いてい》な長袖《ちょうしゅう》でございましたな。

公卿と申せば、ただなよかに、

世事も知らぬ気にとりすましている貴人かとのみ、

心得ておりましたるに」

「ああいう公卿も居る時世かと、わしもまた初めて知った。

ひそかに、観《み》やッたところ、

鷹野の狩装《かりよそお》いはしていたが、

獲物は持たぬ。

そのうえ、手に披《ひら》いていた漢書の題簽《だいせん》には

“資治通鑑《しじつがん》”としてあった」

「その資治通鑑とか申しますのは」

「近年、堂上を風靡《ふうび》していると聞く

 異国の新しい学説の書だ。

 いわゆる宋学と申すもの。

 程朱《ていしゅ》の新説とか、

 温公《おんこう》の通鑑などを読まぬものは、

 頭のふるい古公卿じゃといわるるそうな。

 ……これは時勢の流行の一つと、

 六波羅の伯父上からも伺うたのだが」

「ははあ、では舟で見かけたあの仁《じん》などが、

 つまり当世の、

 新公卿とでも申すものでございましょうか」

「いや、そんな衒学《げんがく》だけなら、

 なにも眼を瞠《みは》りはしない。

 わしが奇異を感じたのは、べつな点だ。

 あの乗合客の中で、

 独り他念なく読書三昧の態《てい》だったが、

 その閑《しずか》な姿には、

 どことなく、武人の骨ぐみが出来ている。

 すこしも体に隙がない。

 ——およそ公卿が

 日頃に武技の鍛錬《たんれん》もしているという世は

 いったい何を語るものか。

 そぞろわしは怖ろしくなった。

 武門の子のわしが、こんなことでいいのかしらと思われての」

道は登るばかりであった。

丹波境の重畳《ちょうじょう》たる山が、

巨大な夜の胸を押しつけていた。

「……ただ、かえすがえす惜しかったのは、

 堂上ではいかなる人か、

 または今、官職なき町公卿か、その名も訊かれぬことだった。

 が、いつかはまた」

 急に、ぷつんと黙ったのは、

 そのとき、山蔭の出会いがしらに、

 数名の人影と松明の光が、彼の瞼を射たためであった。

土地《ところ》の武士か。

若党三人を前後に連れ、ひとりは胴巻姿で、馬上だった。

 なにか高声で通りかけたが、

ふと道をよけて たたずんでいた又太郎主従の影を不用意に知ると、

ぎくとしたような駒驚きを脚もとにひびかせた。

「……旅人か?」

と馬上で言ったようである。

 不慮な山中の遭難者はめずらしくない。

武士でさえも小勢だと、しばしば裸にされたり、

みなごろしに遭ったりする。

こんな物騒さは又太郎も、道中耳に飽いたほどだが、

洛中ですら群盗の出没は、

都名物の一つと聞かされたには、唖然とした記憶がある。

「……旅人でおざる。お通りください」

 右馬介が、親切に言った。

道は谷添いなので、馬を交わすのがせいぜいなのだ。

 しかし、馬上の顔も若党たちも、

じっとこっちを確かめている風で、

たやすくは前をよぎりもしない。

猜疑心《さいぎしん》は時代の通有性だった。

又太郎の方でも特にいやな奴輩《やつばら》だとは考えもしない。

🏔️🎼山のあやかし written by ゆうり

 

少納言のホームページ 源氏物語&古典 少納言の部屋🪷も ぜひご覧ください🌟https://syounagon.jimdosite.com

🪷聴く古典文学 少納言チャンネルは、聴く古典文学動画。チャンネル登録お願いします🪷