かすかに人の気配のするのを敏感に感じ取った。
彼はやおら、刀を抜き放つと、
びゅん、びゅんと振り廻《まわ》したからたまらない。
大体が、臆病者揃いの公卿たちは、
闇夜《やみよ》にひらめく一閃《いっせん》のすさまじさに、
かえって生きた心地もなく、呆然と見ていただけだった。
主人が大胆な男だから、家来の方もまた粒よりだ。
左兵衛尉平家貞《さひょうえのじょうたいらのいえさだ》という男は、
狩衣《かりぎぬ》の下にご丁寧にも鎧《よろい》までつけて、
宮中の奥庭に、でんと御輿《みこし》を据えて動かない。
蔵人頭《くらんどのとう》の者が、
目ざわりだから、どいてくれと言うと、
こっちは、待ってましたとばかり、
「どうも今夜あたり、闇討があるって話ですね。
やっぱり主人の死に際は、見ておきたいからね」
と洒々《しゃあしゃあ》と答えたまま平気な顔をしていたという。
ここまではっきりいわれては、どうにも仕方がない。
闇討計画は、自然、おじゃんになってしまった。
やがて節会がにぎやかにはじまると、
忠盛も、鳥羽院にうながされて、舞を舞いはじめた。
武芸にすぐれ、度胸満点の忠盛も、舞の方は余り得手《えて》ではない。
それにこの人は生れつきの眇目《すがめ》である。
眇目の踊りは、どうひいき目にみても、
余り優美ではなかったろう。
それを公卿達は喜んだ、
日頃のうっぷんをはらすのはこの時とばかりにはやし立てる。
「伊勢平氏《いせへいし》は眇目《すがめ》、伊勢平氏は眇目」
この単純な言葉の中には、忠盛の自尊心をおそろしく傷つけるものがあった。
伊勢は元々、平氏の本拠である。
ここはまた、陶器の産地であって瓶子《へいし》や酢《す》がめが作られる。
今は、昇殿も許され、殿上人に伍《ご》して舞う身ながら、
元はといえば、お前なんか、伊勢の田舎《いなか》ものじゃないか、
ひっこめ、ひっこめ、というわけなのである。
さすがに忠盛も、この意地悪な公卿共の相手が、
わずらわしくなってきて、
刀を主殿寮《とのもりょう》に預けるとさっさと帰ってきてしまった。
ところで、腹の虫のおさまらないのは公卿達である。
闇討は、ばれてしまうし、折角、酒のサカナにして、
満座で恥をかかせようと思うと、とっとと帰ってしまうし、
このまま引き下るのは、何としても業腹である。すると、その一人が、
「大体、節会の晩に、刀を持ってくるというのは、不見識きわまる」
といい出した。
「まったくだ、第一、あいつは、武装兵のお供まで連れていたんだぞ」
「こりゃ、明らかに、法律違反じゃないのかな」
理由さえつけば、でっちあげは、お手のものである。
早速、代表者が、鳥羽院のところへ訴えてきた。
呼び出しが来ても、しかし、忠盛はあわてなかった。
むしろ、今来るか、今来るかと待っていたところである。
心配そうな鳥羽院や、
ざまあ見やがれとでもいった公卿たちを尻目《しりめ》にかけて、
彼の弁舌はさわやかであった。
「どうも、私の知らないうちに、
家の者が、勝手に何かしたらしいですなあ。
何か不穏な噂《うわさ》でも聞きこんで、
心配して来たんじゃないかと思っています。
もし何なら、呼び出しましょうか?
どうも近頃の若い者は、気が早くて困りますよ。
何? 刀、ああ、あれは、主殿寮の人に渡した筈ですよ、
とにかく、中を見てから、文句はきかせて頂きましょう」
こういった調子である。
ところで、問題の刀が提出されてみて、公卿達は、あっと、驚いた。
中には銀箔を塗った木刀が、麗々しく、
黒塗のさやに納っていたのである。
🍃🎼嵐を纏う written by のる
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