生来不敵、筋金入りの荒法師であったから、
誰も取りつがぬものときめてずかずか中庭に踏みこんだ。
もとより御前の礼儀作法は知らぬ。
よし知っていたにせよ頓着する男ではない。
絃が鳴り渡る中で、
「法皇は大慈大悲の君であられる、これしきのことをお聞き入られぬはずはない」
と勧進帳を引きひろげると、
声高らかに読み始めた。
高く低く心をこめて弾かれる弦楽を圧するように、
文覚のしゃがれた太い声がひびき渡った。
「沙弥《しゃみ》文覚敬いて申す。
貴賤道俗の助成を蒙って、高雄山の霊地に一院を建立し、
現世来世安楽を願わんとする勧進の状。
それおもんみれば真如《しんにょ》は広大、衆生と仏と名を異にするとはいえ、
法性《ほっしょう》随妄《ずいもう》の雲厚く覆って、
十二因縁の峰にたなびいてからこのかた、人間本来の清浄心かすかにして、
未だ三徳《さんとく》四曼《しまん》の大虚《たいこ》あきらかならず。
悲しいかな仏日はやく没して、
生死流転《しょうじるてん》の衢《ちまた》冥々《みょうみょう》たり。
人ただ色に耽り酒に耽る。誰か狂象《きょうぞう》、
跳猿《ちょうえん》の迷を取り除くを得ん。
徒らに人を謗《ぼう》し法を謗す。これあに閻魔《えんま》獄卒の責めを免れんや。
ここに文覚、たまたま俗塵を打ち払って法衣を飾るといえども、
悪行なお心にあって日夜つのり、善言耳にさからって朝暮にすたる。
いたましきかな、ふたたび三悪道に帰りて四生《ししょう》の輪廻に苦しむとは。
この故に釈迦の経文千万巻、巻毎に仏種の因をあかして、縁に随い真を明す教法、
一つとして菩提の彼岸に至らずという事なし。
故に文覚、無常の関門に涙を落し、上下の僧俗を浄土に結縁して、
等妙覚王《とうみょうがくおう》の霊場を建てんとすなり。
それ高雄は山高うして鷲峯山《じゅぶせん》の梢に似、
谷しずかにして商山洞《しょうざんどう》の苔《こけ》敷くに似る、
岩間の清水流れること白布の如く、峰の猿木々の枝に遊ぶ。
人里遠くして汚れなく、地形すぐれて仏天を崇むに格好の地、誰を助成せざらんや。
ほのかに聞く、童子の砂で作りたる仏塔の功徳、たちまち成仏の因縁となる。
いわんや一紙半銭の寄進においてをや。
願わくは建立の大願成就して、皇居安泰の願満たされ、都鄙《とひ》遠近ともに、
僧俗ともに尭舜《ぎょうしゅん》の世の平和を謳歌し、長き太平の世を喜ばん。
殊にまた死者の霊魂死の前後、
身分の上下に関係なくすみやかに一仏真門の台《うてな》にいたり、
法報応三身の功徳集らんことを願う。よって勧進修行の趣、けだし以てかくの如し。
治承三年三月 日文覚
と読み上げたのである。
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