「この道誉とて、鎌倉の恩寵をうけた一人、
なにも世変《せいへん》を好むものではないが、
かなしいかな、天運循環の時いたるか、
北条殿の世もはや末かと見すかさるる。
高時公御一代と申しあげたいが、ここ数年も、こころもとない」
道誉の眸は、高氏の眸をとらえて、離さない。
横にはまた、息をつめて、
彼の顔いろを見すましている土岐左近の毛あなから立ちのぼる殺気があった。
あわてまい、身じろぎも危険である。
と考えてか、高氏は乾きを覚えた唇もしめさずに凝《じ》っといた。
すると、道誉の頬の黒子《ほくろ》がニヤと笑ったと思うと、
高氏の眸から、眸を外した。
「はははは、ご迷惑かな。かかる心をゆるしたおはなしは」
「いや、ご斟酌《しんしゃく》なく」
「かもうまいか」
「おたがい地方の守護たる身。など無関心には」
「さもこそ。お互いは若い」
手繰《たぐ》り込むような語気と、
その体がもっているといえる妙な吸引力とが、
高氏には、ぬらと、
自分の生胆《いきぎも》に触《さわ》った気がした。
「……いちいち挙げては、きりもないが」
道誉は、さらに、
鎌倉の秕政《ひせい》や腐敗ぶりをかぞえたてた。
武家幕府の基幹である武家すらも、
心ある者は、みな離れてゆくと説いた。
——特に高時の行状にいたっては、
多年自分が近侍して眼にも見ていた実例をあげて、
その暗愚さを、まるで一|狗《く》にも劣るようにいった。
いまさらなんの。驚くほどなこともない。
北条幕府の腐《す》えや秕政《ひせい》は、
世の周知である。
——と、するかの如く、高氏の眉がびくともしないのを見ると、
「土岐どの、ここらで御辺の胸も」
と道誉は、言を横へ譲ッた。
待っていた唇である。
土岐左近頼兼は、あたりを見まわした。
眼も充血している。
「事、洩れては一大事。かつはおそれ多い。
高氏どの、誓ッて御他言なきように」
のどの辺を出きれぬ小声や、そのわななきざまを見ると、
高氏はかえって、冷静になった。
💐🎼#ある冬の寒い夜に written by #MATSU
少納言のホームページ 源氏物語&古典 少納言の部屋🪷も ぜひご覧ください🌟https://syounagon.jimdosite.com
🪷聴く古典文学 少納言チャンネルは、聴く古典文学動画。チャンネル登録お願いします🪷