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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【私本太平記32 第1巻 ばさら大名⑦】「‥ここなれば人けもなし、なんでも話せる。高氏殿、くつろごうよ」道誉は、釜のかけてある炉を前にあぐらをくみ、土岐左近はと見れば、潜む者はないかと確かめている。

この時代にはまだ後世のいわゆる茶道などは生れてない。

けれど喫茶の風は、ぼつぼつ、拡まりかけていたのである。

禅僧の手で漢土から渡来した始めのころは、

禅堂や貴人のあいだに、養生薬のように、

そっと愛飲されていたにすぎなかったが、

近ごろでは

“茶寄合《ちゃよりあい》”などという言葉さえ聞くほどだった。

花競べ、歌競べ、虫競べなどの遊戯にならって、

十種二十種の国々の銘茶をそろえ、

香気や色味をのみくらべるのを“闘茶”といい、

その闘茶にはまた、

莫大な賭け物をかけたりする婆娑羅な人々もあるとは

——高氏も、聞きおよんでいたことだった。

 けれどいま、道誉が彼をみちびいた離れは、

田舎びた無仏の一堂で、一幅の壁画と、

棚には錫の茶壺《ちゃこ》、

天目形《てんもくなり》の碗などがみえ、

庭園の休み所らしい趣《おもむき》はあるが、

闘茶の茶寄合の俗風はどこにもない。

「……ここなれば人けもなし、なんでも話せる。

 さ、高氏どの、くつろごうよ」

 道誉は、釜のかけてある一|炉《ろ》を前にあぐらをくみ、

土岐左近はと見れば、茶堂の縁や窓に立って、

潜む者はないかと、外をたしかめているふうだった。

「じつは」

 錫の茶壺から、碗のうちへ、

茶の葉をサラサラとこぼし入れて、

釜の湯を湯柄杓《ゆびしゃく》で汲みながら、道誉はいった。

「……胸をひらいて、いちど、山ほどなお話がしてみたかった。

 与えられたこのよい機会に」

 高氏はすぐさとった。

ここへ自分を誘ったには何かべつな底意があってにちがいないと。

——が、さりげなく、

天目台の碗を、掌《て》にとって。

「おお爽《さわ》やかな。このようなよい茶は足利では知らぬ。

 舶載の物でもあるか」

 あらぬ問いには、道誉の方でも、それを高氏の独り言にさせて、

答えもしない。

 黙々と、次の茶を、土岐左近に与え、

自分の掌《て》にも一碗を乗せた。

「鎌倉はよくご存知でしょうな」

 緒《いとぐち》をさがすような口ぶりで、

しばらく間《ま》を措き、

「たしか、足利殿の鎌倉の別邸は、

 大蔵ヶ谷《おおくらがやつ》であったと思うが」

「いや、その鎌倉の家には、幼少数年はいたが、

 以後、多くは足利の地でした」

「では、府内のさま、執権どのの左右、また御所内のことなどは」

「くわしく存じもよらぬ。いずれいつかは幕命を拝して、

 鎌倉勤めの日もあるでおざろうが」

「その日には、おそらく、おん許のような純なお人は、

 あきれ返るに違いない。

 これが天下の首府かと、鎌倉の腐《す》えたる醜さに、

 今から、驚かれぬご要心でもしておかれぬとな」

 世の危うさが人の口端《くちは》にのぼりだすと、

たれもがみな、同じようなことをいうものではある。

——高氏は薄ら笑った。そして敢てにも、

自身を聞《き》き人《て》においていた。

💐🎼#雪の終わりに written by#MATSU 

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