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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【私本太平記1第1巻 下天地蔵①〈げてんじぞう〉】🍶まだ除夜の鐘には、少し間がある。とまれ、今年も大晦日《おおつごもり》まで無事に暮れた。だが、あしたからの来る年は。洛中の耳も、大極殿の佇まいも‥

まだ除夜の鐘には、すこし間がある。

とまれ、今年も大晦日《おおつごもり》まで無事に暮れた。

だが、あしたからの来る年は。

 洛中の耳も、大極殿《だいごくでん》のたたずまいも、

やがての鐘を、

偉大な予言者の声にでも触《ふ》れるように、

霜白々と、待ち冴えている。

 洛内四十八ヵ所の篝屋《かがりや》の火も、

つねより明々と辻を照らし、

淡い夜靄《よもや》をこめた巽《たつみ》の空には、

羅生門の甍《いらか》が、夢のように浮いて見えた。

そこの楼上などには、いつも絶えない浮浪者の群れが、

あすの元日を待つでもなく、

飢《う》えおののいていたかもしれないが、

しかし、

とにかく泰平の恩沢《おんたく》ともいえることには、

そこらの篝番の小屋にも、町なかの灯にも、

総じて、酒の香がただよっていた。

都の夜靄は酒の匂いがするといってもいいほど、

まずは穏やかな年越しだった。

「さ、戻りましょうず。……若殿、又太郎さま。

 ……はて、これは困った。

 いつのまにやら、邪気も無う、ようお寝《やす》みだわ」

一色右馬介《いっしきうまのすけ》は苦笑した。

ゆり起しても、若い主人の寝顔は、

居酒屋の床几《しょうぎ》に倚《よ》ったまま、

後ろの荒壁を背に、ぶらぶら動くだけなのである。

「これはちと、参らせすぎたな。やはりお年はお年」

右馬介は侍者《じしゃ》として、

急に自分の酔《よい》をさました。

ここは錦小路の、

俗に“請酒屋《うけざかや》”とも“小酒屋”ともよぶ腰かけ店だ。

こんな所へ、ご案内したと知れただけでも、

あとで上杉殿からどんなお叱りをうけるかと。

 かつて、自分は六波羅の大番役も勤め、

都は何度も見ていたが、又太郎ぎみには、初めてのご見物だ。

すべてが、もの珍しくてならないらしい。

 ところで、こんどの上洛では、彼も驚目したことだが、

なんと都には、酒屋が殖《ふ》えたものだろう。

——という感を、ここの亭主にただしてみたら、

十年前には醸造元の“本酒屋”も百軒とはなかったものが、

当今では洛中だけでも二百四、五十軒をこえ、

その上、近江の百済寺《くだらでら》で造るのや、

大和菩提寺の奈良酒だの、天野山金剛寺の名酒だの、

遠くは、博多の練緯酒《ねりぬきざけ》までが

輸入されてくる有様なので、請売りの小酒屋も、

かくは軒を競っておりますので、ということだった。

 なるほど、

これは自分たちの国元、関東などでは見られない。

だが、この凄《すさ》まじい酒屋繁昌は、

人心の何を語っているものか。ただ単に、

これも泰平の余沢《よたく》といえる現象なのか。

主従しての、そんな話から浮いて、つい、

「何も土産ぞ。奈良酒とやら百済酒とやら、

 ひとつ、飲みくらべてみようではないか」

と、なったものだ。

 これは、又太郎から、言い出したこととしても、

こんなにまで飲ませてしまったのは、

重々自分も悪かった、と思うしかない。

「若殿、若殿。もはや相客とて、たれ一人おりませぬ。

 さ、立ちましょう。除夜の鐘もそろそろ鳴る頃……」

又太郎は、やっと眼をさました。

醒《さ》めた顔は、いとどあどけないほど若々しくて、

ただまぶしげにニヤリと笑う。

そして、直垂《ひたたれ》の袖ぐちで、

顎《あご》のよだれを横にこすった。

🌸🎼桜散らしの雨 written by ゆうり

 

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