西八条の邸に入ってきた行綱に、
家来達も驚いて、早速、清盛の所に知らせた。
「何、行綱だと? めったに来もしない奴が、
又何でこんな夜中にやって来たんだ?
とにかくおそいから、わしは逢わん、
盛国《もりくに》、お前が、言伝てを聞いてこい」
清盛は傍らの主馬判官《しゅめのはんがん》盛国にいった。
暫くして盛国が戻ってきて、
「何か、直《じ》きじき、お話したいとか」
「直きじきだと? 一体何だろう?」
さすがに清盛も、行綱の唯ならぬ様子に、
何事か起ったのかと、不安になってきて、
自分で渡殿《わたどの》の中門まで出てきた。
「この夜更けに、一体、何の用で、わしに逢いたいのじゃ?」
「実は、昼のうちは人目につきやすく、
中々その折もございませんで、
夜中お騒せしてまことに心苦しいのですが、
このところ、後白河院の御所で、兵具《ひょうぐ》を整え、
軍兵《ぐんぴょう》を召集しているご様子はご存じでございますか?」
「ああ、あれか」
清盛は、人騒せな男だと思いながらのんびり答えた。
「あれは、何、叡山攻めの仕度じゃよ」
「それがそうでないのでございますよ」
行綱は、身近く清盛の側に寄ると小声で囁いた。
「実は、平家ご一門に関る事でございまして、
れっきとした謀叛《むほん》の準備なので」
「えっ?」
清盛も一瞬、さっと顔色を変えた。
今の今まで、
のんびりと行綱と話をしていた清盛とは人が違った様だった。
目がきっと坐り、眉がぴりぴりと動いた。
体が小きざみに震えて、今にも行綱にとびかかりそうである。
「院はご存知なのであろうか」
「もちろんでございますとも、第一、軍兵の召集は、
院宣《いんぜん》ということでお集めになりましたもので、
ご存知にならぬ筈はございません。
いつぞや、鹿ヶ谷の山荘で、院もお出での席、
こんな事もあったのでございますよ」
と陰謀の始めから終りまでを、
ある事ない事まぜこぜてしゃべりたてた。
清盛はまなじりをぴくぴくさせながら、
それでも最後まで聞いていたが、
「うん、わかった、ご苦労だった」
というが早いか、自ら、大声で、
侍達を呼び集めに奥に入っていった。
「既に火は放たれた」
火つけ役の行綱は、
任を果した安らかさと同時に
良心の呵責《かしゃく》も加わって、
別に追手などいるわけもないのに、はかまのもも立ちを高くとると、
そのまま外へ逃げ出し、家に帰ると、ひっそり小さくなっていた。
清盛は、一族郎党をその夜の内に、
ひそかに西八条の邸に召集した。
寝耳に水の謀叛の知らせに、
人々はまだ、半分、耳を疑ってはいたが、
とにかく清盛のお召しなので、
右大将宗盛、知盛らの諸将も甲冑《かっちゅう》に弓矢という、
完全武装で集ってきた。
その数はおよそ六、七千騎であった。
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