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源氏物語&古典🪷〜笑う門には福来る🌸少納言日記🌸

源氏物語&古典をはじめ、日常の生活に雅とユーモアと笑顔を贈ります🎁

【平家物語30 第2巻 小松教訓①】〜The Tale of the Heike🪷

清盛邸の一間に押こめられたままの新大納言成親は、

次第に冷静になるにつれて、

陰謀露顕の理由をあれこれと考えていた。

「それにしても、用意周到にとは思い続けておったが、

 どこかに疎漏な点があったのであろう? 

 北面の武士の内の誰かなども、

 今にして思えば、少しうかつであったか?」

いろいろに思い廻らしている時、

後の方から、荒々しい足音がして、障子を手荒く引あけたのは、

満身怒りにおののいている清盛その人である。

「そもそも、其許《そこもと》は、平治の乱で、

 殺されるばかりのところを、重盛が命乞いして助かったお人、

 それを、どんな恨があってのことか、

 当家滅亡の陰謀に荷担せられ、それでも人間か? 

 人間は恩を知ればこそ人間、

 受けた恩を仇で返すはさてもさても畜生同然、

 さあ有りのまま、逐一かくさず、この清盛に聞かせられたい」

言葉は丁寧だが、怒気は言外に溢れ、

成親は恐しさに身も縮むばかりであった。

「全く以て、左様な恐しい事に組した覚えはございません。

 誰か私に恨をもつ者の讒言《ざんげん》では」

「お黙りなさい、この期《ご》に及んでも、

 まだ白ばっくれると仰有るなら、

 これ、誰か、西光の自白調書を、これへ」

持ってこられた西光の白状書きを、

声高らかに読み上げた清盛は、

「これでもまだ、知らぬと言わるるか、

 これでもまだ弁解の余地があると言うのだな」

と憎々し気に成親をにらみつけ、書類を顔にたたきつけると、

障子をがたっと閉めて出て行ってしまった。

 

しかしそれでも、清盛はまだ腹の虫が治まらなかったらしい。

難波経遠《なんばのつねとお》、

瀬尾兼康《せのおのかねやす》を召し寄せると、

「きゃつを庭へ引ずり下せ」

と言いつけた。

二人は一瞬顔を見合せて、互の腹の内を確かめ合った。

「何をぐずぐずいたしおるのじゃ」

清盛は焦々《いらいら》している。

「さようにございますが、成親卿は小松殿のご親族、

 小松殿の思惑も如何《いかが》かと」

恐るおそる切り出すと、案の定清盛は、かんかんになった。

「この馬鹿者、お前らは、重盛が大事で、

 この清盛の命令は二の次だと言うのだな。

 それならそれで清盛にも考えがあるぞ」

大きな眼をぎろりと動かした。

二人はこの上の反抗はかえってよくないと思い直して、

仕方なく成親を庭へ引ずり出した。

その様子を見て清盛は、漸く少し愉快そうな顔つきになった。

 

「それ、声を出すまで、ねじ伏せろ」

二人は、左右から清盛に気づかれぬ様に成親の腕をとると、

「何でもいいから声をお出しなさいませ」

と囁いた。

 成親は、いかにも苦しそうに、うめき声を出した。

その様子をみていると、本当に切なさそうで、

全く、地獄で、娑婆《しゃば》の罪人を

業《ごう》の秤《はかり》にかけ、

浄玻璃《じょうはり》の鏡にひきむけて、

閻魔《えんま》大王の家来達が、

折檻《せっかん》しているようにしかみえなかった。

 

成親は、庭先に頭をすりつけられながらも、

息子、丹波少将成経《たんばのしょうしょうなりつね》を始め

幼い子供達が、この後、どんな苦しみにあうのかと、

そればかりが心配であった。

丁度六月のさ中で、気候も暑い上に今、炎天下に引き出され、

汗と涙にまみれながら、成親は、

「小松殿だけは何とか、よいように取り計らって下さるであろう」

とそればかりに、はかない望みをかけているのであった。

 その小松内大臣重盛は、

事件が一先ず落着いた頃になって、嫡子維盛と同道で、

僅か七、八人の供を連れたまま、

何事もなかったように悠々とやってきた。

 清盛を始め、一同が、意外な面持で見守っている中を、

ゆっくりと重盛は車から降り立った。

貞能《さだよし》がつと走り出て、

「お家のおん大事というのに、

 又一人の軍兵もお連れにならぬとは、何とした事で」

と問いかけると、重盛は静かな口調で、

「大事とは、天下の大事を申すものじゃ、

 かようの私ごとを、大事とは言わぬものなのじゃ」

と言い捨てて奥へ入っていった。

 今の今まで、ものものしく武装して緊張していた者たちは、

何となく、きまりのわるい思いがしたのである。

屋敷うちに入ると、重盛は、早速成親を探して歩いた。

あちらこちら、障子を引あけ引あけしているうちに、

とある一間に厳重に木材を打ちつけたところがあった。

押し入ってみると、

成親が、うつ伏せになったまま、泣いていたらしい。

途端に、ぱっと面を輝かして、重盛にすがりついた。

地獄で仏とはまさにこのことであろう。

「どうしたわけか、かように情ない目にあっております。

 貴方のお出でを今か今かとお待ちしていたのです。

 かつて平治の乱には、あわやというところをお助け頂き、

 その上今日は正二位大納言にして頂きました。

 年既に四十を越え、

 生きている間にご恩をお返えしできるかどうかさえわかりませんが、

 何卒、今一度、この命をお助け下されませぬか。

 命さえ助かれば出家遁世《とんせい》の上

 一生 菩提《ぼだい》をとむらって暮します。

 どうぞお願いいたします」

「もちろんですとも、まさか、

 お命を取上げるような事はないでしょう。

 万一そのような事があったとしたら、

 この重盛が、わが身にかえても助命を嘆願するつもりでいますし、

 何卒、そんなにお嘆きにならないで、気を強くお持ち下さい」

優しく慰めて、早速、清盛のところにいった。

「父上、お憤りは尤もの事と存じますが、

 成親卿の首をはねられる事は

 お取止めになった方がよろしゅうございます。

 とにかく、白河院の御時からの名家で、

 正二位大納言というご身分、加えて、

 院のご寵愛並々ならぬ人を殺すことは、どんなものかと思います。

 都の外へ追放すれば、それでよいではございませんか。

 昔から、菅原道真《すがわらみちざね》公、

 或は、源|高明《たかあき》公といった人々が

 讒言《ざんげん》のために、無実の罪を着せられた例もあり、

 往々にして誤りはあるものでございます。

 刑の疑わしきをば軽んぜよ、

 功の疑わしきをば重んぜよという言葉もある程でございます。

 まして、お手元に現在、召し捕えられている以上、

 逃げもかくれもできません、

 急ぎ処刑の必要はちっともない筈です」

いつもながらの重盛の能弁には、清盛も言葉をさし挟む余地もなく、

苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。

「私が、かように、成親卿をかばうのは、

 私が成親卿の妹を妻とし、又維盛が、卿の婿だからといった、

 縁戚関係があるから言うわけではないのです。

 その点よくよくお間違い下さらぬよう。

 私はひとえに、世のため、君のため、

 そして我が一門のためを思って申し上げているのです。

 かつて、少納言入道信西が二十五代絶えていた死刑を復活し、

 藤原|仲成《なかなり》を殺したり、

 又、左大臣|頼長《よりなが》の死骸を掘りおこしたりなどして

 評判を落した事を覚えておいででしょうが、

 昔からよく、

「死罪を行なえば海内に謀叛の輩《ともがら》絶えず」

 と申します。

 平治の乱に、信西の死骸をわざわざ掘りおこし、

 首をはねてさらした事もありました。

 あれなどは、信西が自ら行なった行為が、

 我が身に返ってきたと申しましょうか、とにかく恐しいことです。

 成親卿らは、気も弱い男ですし、

 それ程大胆な人でもなく、まして朝敵というわけではなし、

 いずれにしても、成親一人を死罪にしても、しなくても、

 たいしたことではありますまい。

 父上には一代の栄華を極められて、

 これ以上のお望みはないでしょうけど、

 この上は、子孫代々いつまでも、一門が繁昌して欲しいと思います。

 とかく、先祖の悪事が子孫に及ぶ事があります。

 善事を行えば、又必ず報われることもございます。

 何卒、もう一度お考えになって、

 今宵《こよい》の死刑は思い止まって下さい」

理路は整然と、情には溺れず、

あくまで大義名分の立場から説き起してくる重盛の正攻法には、

いつでも清盛もかぶとを脱がずにはいられない。

とうとう、成親の死罪だけは思い止まった。

🪷🎼繰り返しの館 written by キュス

 

 

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