2023-07-10から1日間の記事一覧
あの晴れ間もないようだった天気は名残なく晴れて、 明石の浦の空は澄み返っていた。 ここの漁業をする人たちは得意そうだった。 須磨は寂しく静かで、 漁師の家もまばらにしかなかったのである。 最初ここへ来た時にはそれと変わった漁村のにぎやかに見える…
あとへあとへと悲しいことが起こってきて、 もう苦しい経験はし尽くしたような私ですから しきりに出家したい心も湧《わ》きますが、 鏡を見てもとお言いになったあなたの面影が目を離れないのですから、 あなたに再会をしないでは、それを実行することもで…
明石へ移って来た初めの落ち着かぬ心が少しなおってから、 源氏は京へ手紙を書いた。 「こんなことになろうとは知らずに来て、ここで死ぬ運命だった」 などと言って、 悲しんでいた京の使いが須磨にまだいたのを呼んで、 過分な物を報酬に与えた上で、 京で…
月と日を掌《てのひら》の中に得たような喜びをして、 入道が源氏を大事がるのはもっともなことである。 おのずから風景の明媚《めいび》な土地に、 林泉の美が巧みに加えられた庭が座敷の周囲にあった。 入り江の水の姿の趣などは 想像力の乏しい画家には描…
明石の浦の風光は、 源氏がかねて聞いていたように美しかった。 ただ須磨に比べて住む人間の多いことだけが 源氏の本意に反したことのようである。 入道の持っている土地は広くて、 海岸のほうにも、山手のほうにも大きな邸宅があった。 渚《なぎさ》には風…
「知るべのない所へ来まして、 いろいろな災厄にあっていましても、 京のほうからは見舞いを言い送ってくれる者もありませんから、 ただ大空の月日だけを 昔馴染《なじみ》のものと思ってながめているのですが、 今日船を私のために寄せてくだすってありがた…
源氏は夢も現実も静かでなく、 何かの暗示らしい点の多かったことを思って、 世間の譏《そし》りなどばかりを気にかけ 神の冥助《みょうじょ》にそむくことをすれば、 またこれ以上の苦しみを見る日が来るであろう、 人間を怒らせることすら結果は相当に恐ろ…
「この月一日の夜に見ました夢で 異形《いぎょう》の者からお告げを受けたのです。 信じがたいこととは思いましたが、 十三日が来れば明瞭になる、 船の仕度をしておいて、 必ず雨風がやんだら 須磨の源氏の君の住居《すまい》へ行けというような お告げがあ…
渚《なぎさ》のほうに小さな船を寄せて、 二、三人が源氏の家のほうへ歩いて来た。 だれかと山荘の者が問うてみると、 明石《あかし》の浦から前播磨守《さきのはりまのかみ》入道が 船で訪ねて来ていて、 その使いとして来た者であった。 「源《げん》少納…
源氏は夢とは思われないで、 まだ名残《なごり》がそこらに漂っているように思われた。 空の雲が身にしむように動いてもいるのである。 長い間夢の中で見ることもできなかった恋しい父帝を しばらくだけではあったが明瞭に見ることのできた、 そのお顔が面影…
終日風の揉《も》み抜いた家にいたのであるから、 源氏も疲労して思わず眠った。 ひどい場所であったから、横になったのではなく、 ただ物によりかかって見る夢に、 お亡くなりになった院がはいっておいでになったかと思うと、 すぐそこへお立ちになって、 …
そのうち風が穏やかになり、 雨が小降りになって星の光も見えてきた。 そうなるとこの人々は源氏の居場所が あまりにもったいなく思われて、 寝殿のほうへ席を移そうとしたが、 そこも焼け残った建物がすさまじく見え、 座敷は多数の人間が逃げまわった時に…
住吉《すみよし》の御社《みやしろ》のほうへ向いて こう叫ぶ人々はさまざまの願を立てた。 また竜王《りゅうおう》をはじめ大海の諸神にも 源氏は願を立てた。 いよいよ雷鳴ははげしくとどろいて 源氏の居間に続いた廊へ落雷した。 火が燃え上がって廊は焼…