山荘の人のことを絶えず思いやっている源氏は、
公私の正月の用が片づいたころのある日、
大井へ出かけようとして、
ときめく心に装いを凝らしていた。
桜の色の直衣《のうし》の下に美しい服を幾枚か重ねて、
ひととおり薫物《たきもの》が たきしめられたあとで、
夫人へ出かけの言葉を源氏はかけに来た。
明るい夕日の光に今日はいっそう美しく見えた。
夫人は恨めしい心を抱きながら見送っているのであった。
無邪気な姫君が源氏の裾《すそ》にまつわってついて来る。
御簾《みす》の外へも出そうになったので、
立ち止まって源氏は哀れにわが子をながめていたが、
なだめながら、
「明日かへりこん」
(桜人その船とどめ島つ田を
十町《まち》作れる見て帰りこんや、
そよや明日帰りこんや)
と口ずさんで縁側へ出て行くのを、
女王《にょおう》は中から渡殿の口へ先まわりをさせて、
中将という女房に言わせた。
船とむる遠方人《をちかたびと》のなくばこそ
明日帰りこん夫《せな》とまち見め
物馴《な》れた調子で歌いかけたのである。
源氏ははなやかな笑顔《えがお》をしながら、
行きて見て明日もさねこんなかなかに
遠方人《をちかたびと》は心おくとも
と言う。
父母が何を言っているとも知らぬ姫君が、
うれしそうに走りまわるのを見て夫人の
「遠方人《おちかたびと》」を
失敬だと思う心も緩和されていった。
❄️🎼ダイアモンドダスト written by のる
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