命婦は源氏の今日の出立を申し上げて、
この手紙を東宮にお目にかけると、
御幼年ではあるがまじめになって読んでおいでになった。
「お返事はどう書きましたらよろしゅうございましょう」
「しばらく逢わないでも私は恋しいのであるから、
遠くへ行ってしまったら、どんなに苦しくなるだろうと思うとお書き」
と宮は仰せられる。
なんという御幼稚さだろうと思って
命婦はいたましく宮をながめていた。
苦しい恋に夢中になっていた昔の源氏、
そのある日の場合、ある夜の場合を命婦は思い出して、
その恋愛がなかったならお二人に
あの長い苦労はさせないでよかったのであろうと思うと、
自身に責任があるように思われて苦しかった。
返事は、
何とも申しようがございません。宮様へは申し上げました。
お心細そうな御様子を拝見いたします私も非常に悲しゅうございます。
と書いたあとは、
悲しみに取り乱してよくわからぬ所があった。
【源氏物語 第十二帖 須磨(すま)】
朧月夜との仲が発覚し、追いつめられた光源氏は
後見する東宮に累が及ばないよう、
自ら須磨への退去を決意する。
左大臣家を始めとする親しい人々や藤壺に暇乞いをし、
東宮や女君たちには別れの文を送り、
一人残してゆく紫の上には領地や財産をすべて託した。
須磨へ発つ直前、桐壺帝の御陵に参拝したところ、
生前の父帝の幻がはっきり目の前に現れ、
源氏は悲しみを新たにする。
須磨の侘び住まいで、
源氏は都の人々と便りを交わしたり
絵を描いたりしつつ、淋しい日々を送る。
つれづれの物語に明石の君の噂を聞き、
また都から頭中将がはるばる訪ねてきて、
一時の再会を喜び合った。
やがて三月上巳の日、
海辺で祓えを執り行った矢先に
恐ろしい嵐が須磨一帯を襲い、
源氏一行は皆恐怖におののいた。
🌸🎼花散ル風 written by 蒲鉾さちこ🌸
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