2023-07-11から1日間の記事一覧
「ひとり寝は 君も知りぬや つれづれと 思ひあかしの うら寂しさを 私はまた長い間口へ出してお願いすることができませんで 悶々《もんもん》としておりました」 こう言うのに身は慄《ふる》わせているが、 さすがに上品なところはあった。 「寂しいと言って…
「冤罪《えんざい》のために、 思いも寄らぬ国へ漂泊《さまよ》って来ていますことを、 前生に犯したどんな罪によってであるかと わからなく思っておりましたが、 今晩のお話で考え合わせますと、 深い因縁によってのことだったとはじめて気がつかれます。 …
私自身は前生の因縁が悪くて、 こんな地方人に成り下がっておりましても、 親は大臣にもなった人でございます。 自分はこの地位に甘んじていましても 子はまたこれに準じたほどの者にしかなれませんでは、 孫、曾孫《そうそん》の末は 何になることであろう…
「申し上げにくいことではございますが、 あなた様が思いがけなくこの土地へ、 仮にもせよ移っておいでになることになりましたのは、 もしかいたしますと、 長年の間老いた法師がお祈りいたしております神や仏が 憐《あわれ》みを一家におかけくださいまして…
音楽通の自信があるような入道の言葉を、 源氏はおもしろく思って、 今度は十三絃を入道に与えて弾かせた。 実際 入道は玄人《くろうと》らしく弾く。 現代では聞けないような手も出てきた。 弾く指の運びに唐風が多く混じっているのである。 左手でおさえて…
「お聞きくださいますのに 何の御遠慮もいることではございません。 おそばへお召しになりましても済むことでございます。 潯陽江《じんようこう》では商人のためにも 名曲をかなでる人があったのでございますから。 そのまた琵琶と申す物はやっかいなもので…
「不思議に昔から十三絃の琴には女の名手が多いようです。 嵯峨《さが》帝のお伝えで女五《にょご》の宮《みや》が 名人でおありになったそうですが、 その芸の系統は取り立てて続いていると思われる人が見受けられない。 現在の上手というのは、 ただちょっ…
源氏の意はただおおまかに女ということであったが、 入道は訳もなくうれしい言葉を聞きつけたように、 笑みながら言う、 「あなた様があそばす以上におもしろい音《ね》を出しうるものが どこにございましょう。 私は延喜《えんぎ》の聖帝から伝わりまして …
老人は涙を流しながら、 山手の家から琵琶と十三|絃《げん》の琴を取り寄せて、 入道は琵琶法師然とした姿で、 おもしろくて珍しい手を一つ二つ弾いた。 十三絃を源氏の前に置くと源氏はそれも少し弾いた。 また入道は敬服してしまった。 あまり上手がする…
源氏自身も心に、 おりおりの宮中の音楽の催し、 その時のだれの琴、だれの笛、 歌手を勤めた人の歌いぶり、 いろいろ時々につけて自身の芸のもてはやされたこと、 帝をはじめとして音楽の天才として 周囲から自身に尊敬の寄せられたことなどについての追憶…
もったいないお手紙を得ましたことで、 過分な幸福をどう処置してよいかわからぬふうでございます。 それをこんなふうに私は見るのでございます。 眺むらん 同じ雲井を 眺むるは 思ひも同じ 思ひなるらん だろうと私には思われます。 柄にもない風流気を私の…
源氏は「広陵《こうりょう》」という曲を 細やかに弾いているのであった。 山手の家のほうへも松風と波の音に混じって聞こえてくる琴の音に 若い女性たちは身にしむ思いを味わったことであろうと思われる。 名手の弾く琴も何も聞き分けえられそうにない土地…
四月になった。 衣がえの衣服、 美しい夏の帳《とばり》などを入道は自家で調製した。 よけいなことをするものであるとも源氏は思うのであるが、 入道の思い上がった人品に対しては何とも言えなかった。 京からも始終そうした品物が届けられるのである。 の…
こんなふうで入道は源氏に親しく扱われているのであるが、 この気高い貴人に対しては、 以前はあんなに独り決めをしていた入道ではあっても、 無遠慮に娘の婿になってほしいなどとは言い出せないのを、 自身で歯がゆく思っては妻と二人で歎《なげ》いていた…
源氏のいる所へは 入道自身すら遠慮をしてあまり近づいて来ない。 ずっと離れた仮屋建てのほうに詰めきっていた。 心の中では美しい源氏を始終見ていたくてならないのである。 ぜひ希望することを実現させたいと思って、 いよいよ仏神を念じていた。 年は六…
主人《あるじ》の入道は信仰生活をする精神的な人物で、 俗気《ぞっけ》のない愛すべき男であるが、 溺愛《できあい》する一人娘のことでは、 源氏の迷惑に思うことを知らずに、 注意を引こうとする言葉もおりおり洩《も》らすのである。 源氏もかねて興味を…