ところで悪いことには、悪いことが重なるもので、
唯でさえ衰弱している中宮に、
またしても物《もの》の怪《け》がとりついたのである。
童子に物の怪を乗り移らせて占ってみると、
多くの生霊、死霊が、取りついていたことがわかった。
とりわけその内でも執念深いのは、
去る保元の乱に讃岐に流された崇徳院《すとくいん》の霊、
同じく首謀者、左大臣頼長、
新しい所では、新大納言成親、西光、
それに鬼界ヶ島の流人の生霊などであった。
清盛は即座に沙汰を下すと、
崇徳院には、追号を捧げ、崇徳天皇とし、
頼長には、贈官贈位で太政大臣の贈位をし、
勅使として少内記惟基《しょうないきこれもと》が派遣された。
その他さまざまの怨霊慰撫が行われたが、
このことを聞いて、門脇《かどわき》の宰相は早速重盛を訪ねた。
「中宮の御産のため様々のお祈りをなされていると聞きますが、
何と申しましても、
特赦にまさるものはないと思います。
中でも、
鬼界ヶ島の流人をお召し寄せになったらいかがでしょうか?」
重盛も尤《もっと》もなことだと思ったから、
直ぐ清盛の前にまかり出た。
「門脇の宰相が逢うたびにいろいろお嘆きになるので、
気の毒なのですが、
何でも近頃、中宮に物の怪がおつきになったとか、
中には成親卿の死霊もあるとか聞いております。
就きましては、死んだ者の霊を慰めるためにも、
生きている少将を呼び返してやるのが、一番かと思います。
父上、人の思いをかなえてやれば、
自分の願いも達するとよく申すではありませんか、
人の願いを聞き届けてやれば、
必ず我らの望み通り皇子ご誕生間違いなしと思いますが」
さすがにいつもの清盛にも似ず、
重盛の言葉に一々うなずいていたが、
言葉も柔らかく聞き返した。
「お前のいう所はわかった。だが俊寛と康頼はどうする?」
「それも同じことでお許し下されるのが至当でしょうな。
一人でも残したら、かえって罪作りなことと思いますが」
「さよう、康頼はまあよかろう、しかし俊寛は」
いままで穏かであった清盛の言葉が、
次第に激しい口調に変ってきた。
「きゃつはいかん、断じていかん、
あいつは、わしの手で一人前にしてやったのに、
それでいて、しゃあしゃあと裏切りおった。
自分の山荘に人を集めて謀叛を企んだ憎い男だ。
何かにつけて、人をあざむこうとした恩知らずだ。
あの男を許すことなぞ、駄目だ。
どうあっても駄目だ」
これ以上説いても無駄なことだと知った重盛は、
そのまま黙って前を引き下ると、
早速宰相にこの嬉しい知らせを告げた。
「どうやら、少将はご赦免になりそうですよ」
「えっ、それは本当?」
早くも宰相は涙声であった。
「あの子が島に行く時も、これしきのことで、
何故、申し請けできないのかと言いたげに、
私を見て泣いていた顔が忘れられないのです。
それにしても何と嬉しいお知らせ」
「子は誰しも、可愛いものですよ。
とにかく父にはよくよく申しておきましょう。
もうご心配にならない方がよろしいでしょう」
と重盛は慰めるのであった。
鬼界ヶ島流人赦免のことは正式に決まり、
清盛から赦文《ゆるしぶみ》を貰った使者の一行は
都を立っていった。宰相は余りの嬉しさに、
自分の使いも一緒に旅立たせた。
夜を日についで急ぎの旅を続けたが、何しろ道は遠いし、
七月下旬に都を出て、
島に着いたのは九月も半ばを過ぎていた。
💐🎼英霊の墓 written by ゆうり
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