姫君は母の顔を覚えていなかった。
ただ漠然《ばくぜん》と親というものの面影を
今日《きょう》まで心に作って来ているだけであったが、
こうした苦難に身を置いては、
いっそう親というものの恋しさが切実に感ぜられるのであった。
ようやく椿市《つばいち》という所へ、
京を出て四日めの昼前に、生きている気もしないで着いた。
姫君は歩行らしい歩行もできずに、
しかもいろいろな方法で足を運ばせて来たが、
もう足の裏が腫《は》れて動かせない状態になって
椿市で休息をしたのである。
頼みにされている豊後介と、弓矢を持った郎党が二人、
そのほかは僕《しもべ》と子供侍が三、四人、
姫君の付き添いの女房は全部で三人、
これは髪の上から上着を着た壺装束《つぼしょうぞく》をしていた。
それから下女が二人、これが一行で、
派手《はで》な長谷詣りの一行ではなかった。
寺へ燈明料を納めたりすることを
ここで頼んだりしているうちに日暮れ時になった。
この家の主人《あるじ》である僧が向こうで言っている。
「私には今夜泊めようと思っているお客があったのだのに、
だれを勝手に泊めてしまったのだ、物知らずの女どもめ、
相談なしに何をしたのだ」
怒《おこ》っているのである。
九州の一行は残念な気持ちでこれを聞いていたが、
僧の言ったとおりに参詣者の一団が町へはいって来た。
🪷🎼花散ル風 written by 蒲鉾さちこ
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